■
■
■
日本の神仏 四天王寺
■
■
■
四天王寺は、推古天皇元年(593)に建立されました。 今から1400年以上も
前のことです。 『日本書紀』の伝えるところでは、物部守屋と蘇我馬子の合戦
の折り、崇仏派の蘇我氏についた聖徳太子が形勢の不利を打開するために、
自ら四天王像を彫り 「もし、この戦いに勝たせていただけるなら、四天王を安
置する寺院を建立しましょう」 と誓願され、勝利の後その誓いを果すために、
建立されました。
聖徳太子が四天王寺を建てられるにあたって、「四箇院の制」をとられたことが
『四天王寺縁起』に示されています。 「四箇院」とは「帰依渇仰 断悪修善 速
証無上 大菩提所」 つまり仏法修行の道場である“敬田院”、 病者に薬を施す
“施薬院”、病気の者を収容し、病気を癒す “療病院”、身寄りのない者や年老
いた者を収容する“悲田院”の四つの施仏教の根本精神の実践の場として、四
天王寺を建てられたといえるでしょう。これらの施設は、中心伽藍の北に建てら
れたようです。
その伽藍配置は「四天王寺式伽藍配置」 といわれ、南から北へ向かって中門、
五重塔、金堂、講堂を一直線に並べ、それを回廊が囲む形式で、日本では最
も古い建築様式の一つです。 その源流は中国や朝鮮半島に見られ、6〜7世
紀の大陸の様式を今日に伝える貴重な存在とされています。



































現代マネジメントにも そのまま通用する 十七条の憲法 (^_^;)














お寺と神社が ごっちゃになっている















四天王寺から15分も歩くと あの有名な新世界 通天閣
「日本の街並み 大阪西成」へつづく