日曜日, 24 of 1月 of 2021

さらば 青ガエル

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丸みを帯びた緑色の車体から「青ガエル」の愛称で親しまれてきた人気車両「5000形」が14日夜、営業運行を終え引退した。
昭和29年に東京急行 電鉄東横線でデビューしてから60年余り。
全国で唯一、運行されていた熊本電気鉄道の現役最後の1両の雄姿を目に焼き付けようと、この日、全国から大勢の 鉄道ファンが熊本へ集まった。
運行最終日の昼過ぎ、体験乗車に訪れてみた。
熊本で〝第二の人生〟も故障相次ぎ引退
5000形は昭和29~34年に製造され、東急電鉄の車両として首都圏で運行。その後も各地の私鉄に譲渡され、〝第二の人生〟を送っていた。
このうち熊本電鉄は、今回引退する車両(32年製)を60年に導入。製造から半世紀以上が経過して老朽化が進み、全国で相次いで廃車になる中、熊本電鉄の青ガエルが唯一の現役車両となっていた。
しかし、構造上、冷房装置が付けられない上、運転操作も難しい。熊本電鉄は最近では、日曜日限定で北熊本(熊本市北区)-上熊本(西区)間3・4キロで運行してきたが、故障も目立つようになってきたことから、引退が決まった。
営業運行最後の日となった14日、青ガエルは北熊本駅構内で写真撮影会が行われた午後3時台以外は、普段の日曜日と同様に運行された。早朝から北熊本-上熊本間を計26往復し、最終電車は午後8時59分に北熊本駅に到着した。
つり革には「109 SHIBUYA」
午後1時すぎ、北熊本駅に到着すると、ホームと車止め周辺には大勢の鉄道ファンが集まり、入構する青ガエルに向けて盛んにシャッターを切っていた。
「昔の電車が今も走っているのがすごいところ。毎年4月に沿線の北熊本駐屯地で行われる自衛隊行事のために乗る程度でしたが、最後の運行と聞いてやってきました」。熊本市南区の会社員、西岡更三さん(37)は寂しそうに話す。
この日初めて青ガエルに乗車したが、車内は満員。乗客はほとんどが鉄道ファンらしく、運転席からの進行風景や、車窓に映る風景などを思い思いに撮影していた。
車内に目を向けると、年代物のつり革が目を引く。「109 SHIBUYA」の文字。東急系ファッションビルの広告からは、首都圏を走っていた往時の雰囲気が伝わってくる。
乗客には男性が多いものの、まさに老若男女を問わず。祖父母にせがんで連れてきてもらったという熊本県益城町の小学3年生、西郷陽人君(9)に、 青ガエルの魅力を尋ねると、「丸い正面の“顔”が大好き。それに2枚窓の電車や列車はもうほとんど走っていないので、惜しくてたまらない」と、“通”のコ メントをした。
北熊本-上熊本間の片道の所要時間は9分ほど。車体が古いせいか、よく揺れる印象を受ける。車内上部には旧式の扇風機が取り付けられているだけでエアコンはなく、夏場なら本当に暑そうだ。
「いつまでも忘れない」ファンからのメッセージ
上熊本駅へ向かう途中、池田駅にさしかかろうとする直前で、唯一のトンネルに入った。トンネルを抜けると、そこは絶好の撮影スポットだったのかファンが所狭しと池田駅ホームに陣取り、青ガエルの姿をカメラに収めていた。
やがて上熊本駅に到着。イスに座ったまま何往復かする人もいたが、大半の乗客は車外へ。空いた車内を見回すと、あちこちに張り紙が残されていた。
「青ガエルよ、永遠に」「いつまでも君の姿は忘れない」「青ガエルforever」「長い間ごくろうさま」…。
乗客や鉄道ファンからいかに愛されていたが感じられた。
熊本県山鹿市出身で、現在は福岡市に住む会社員の男性(27)は、北熊本駅が最寄りのルーテル学院中学・高校で学び、青ガエルが通学の足だった。「部活帰 りに車内で友人たちとバカばっかりやってました」と昔を懐かしんだ。最後の運行と聞いて足を運んだといい、「人の多さにびっくりしました。車中心の社会が 進み、ローカル線はどこも厳しいと聞くが、集客力はすごいなと思いました」。
引退後の車両は北熊本駅の車庫で保存され、イベントなどでの公開も予定されているという。しばし“冬眠”に入る青ガエルだが、いつかまたその姿を見せてくれることだろう。
時間の流れを 感じるなぁ~
渋谷駅前にも1台↓ ありますけどね  (^_^;)
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