日曜日, 24 of 1月 of 2021

下平瑠衣さん テロの犠牲に

n-SHIMODAIRA-large570
307x243xdhaka-08.png.pagespeed.ic.lKEm1TxQ0dバングラデシュ・ダッカの人質立てこもり事件で犠牲になった7人の遺体が7月5日、家族とともに帰国した。
若い熱意や熟練した技術が、途上国支援に注がれるはずだった。
活躍を楽しみにしていた知人らは、志半ばで倒れたそれぞれの無念さに思いをはせた。
下平瑠衣さん(27)は、2014年に東京工業大学 社会理工学研究科を卒業。
タイの名門国立大学「タンマサート大学」で一年間学び、卒業されたということがわかります。
東京工業大学時代の修士論文には
バンコクの小規模スラムを取り巻く空間・社会構造の研究 ―バーン・イーカン地区,バーン・バムルー地区を対象として―
と題した論文を書かれており、学生時代から下平瑠衣さんの社会問題に対する関心の高さがわかります。
学生時代は、ハビタット・フォー・ヒューマニティという国際NGO団体でボランティア活動をするなど、勤勉で優秀な方でした。
学生時代からカンボジアや東日本大震災の被災地で、積極的にボランティア活動に携わっていた。
現在は、東京・新宿区の建設コンサルタント会社「アルメックVPI」の社員でした。
JICA=国際協力機構が支援するプロジェクトでバングラデシュの発展のために現地に赴いて活動されていたということです。
ハビタット・フォー・ヒューマニティは、家を建てることで人々の希望を築く国際支援団体です。
途上国の貧困や劣悪な住まいの問題を解決していくため、世界約80か国で、支援を受ける人々そして世界中のボランティアの皆さんと共に、住居建築や自立支援に取り組んでいます。
下平さんの場合は建築学科で勉強中のため、ハビタットが建築活動を行っていることに惹かれてオフィスボランティアを始めたそうです。
下平さんは、ボランティアをする以前は「ボランティアとはしてあげるともの」という考えでしたが、実際にしてみると「ボランティアさせてもらっている」という考え方に変わったそうです。
途上国で教育支援などに取り組む認定NPO法人「JHP・学校をつくる会」(東京都港区)によると、大学2年だった2009年3月、ボランティアとしてカン ボジアに3週間滞在。
小学校に寄贈するブランコをつくったり、現地で披露するソーラン節のリーダーになったりした。
11年の東日本大震災の際には、津波に 襲われた宮城県南三陸町で写真を洗浄する作業に携わったという。
同会の清国将義事務局長(45)は「コツコツと作業に取り組む一方で、まわりを引っ張るリーダーだった」。
昨年11月、タイ・バンコクで再会した際には「途上国の開発に携わる仕事を今後も続けていきたい」と話していたという。
清国さんは「まだまだ途上国のために活躍したかっただろうと思う。彼女の思いを大切にして、これからも支援活動をしていきたい」と語った。
下の写真はバングラデシュのダッカにあるカフェを襲撃する前、微笑んでポーズをとるテロリストら。
彼らはコーランを暗唱できなかった日本人を含む20人を斬殺した。
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