ウナギの危機が叫ばれて久しい。
国内のウナギ漁獲量は激減し、国内消費量もピーク時の3分の1まで低下している。今年の1月には、養殖ウナギに用いられるウナギの稚魚「シラスウナギ」の漁獲量が前年比99%減という衝撃的なニュースも流れた。
にもかかわらず、「美味しいウナギ」を求める声は止まない。
ウナギはこのまま絶滅してしまうのか。
絶滅を避けるためには、どのような手段が有効なのか。
日本でもっともウナギが消費される「土用の丑の日」に合わせて、『 ウナギの保全生態学 』の著書があり、ウナギの生態研究を行っている中央大学法学部准教授の海部健三氏に聞いた。
寿司からマグロが消えるのは 絶対にイヤだけど
ウナギなら それほど困らないかも~ (^_^;)
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このままシラスウナギが来ない状況が続けば……
―― 2014年にニホンウナギが絶滅危惧種に指定され、消費者にとっても「うな重」の値段が上がって、「ウナギの危機」は話題になっていましたが、前年比1%という数字はあまりに衝撃的でした。専門家としては、最初に一報を聞いたときには、直感的にどう感じましたか。
海部 ニュースを聞いた時には、二つの可能性を想定しました。一つは、来遊時期の遅れです。実は今年も続報が少なかっただけで、漁期の後半には日本の沿岸部にそれなりの量のシラスウナギがたどり着いています。シラスウナギの来遊量は年変動が大きいので「増えた、減った」と一喜一憂するのではなく、もう少し長いトレンドで見る必要があると思います。
もう一方で、ポイント・オブ・ノーリターンを超えたのではないか、という考えも頭をよぎりました。このままシラスウナギが来ない状況が続けば、本当にニホンウナギの生態が崩壊に向かったというシナリオを考えなければいけないかもしれないと。
最終的には、その中間的な状況ではないかと思っています。つまり、今期はシラスウナギの来遊が遅れた。しかし、遅れただけでなくて、数的にも減少しているので、やはり資源は減少しつつあると考えるべきでしょう。
崩壊するポイントはわからない
―― ブログの記事の中では、生物が絶滅に向かって崩壊するシナリオを「アリー効果」という用語を用いて解説していました。
海部 生態学の古典的な考え方としては、個体数密度が高くなると資源をめぐる競争が熾烈になり、生残率や成長率が低下します。では、逆に「個体数の密度が低ければ低いほどいいのか」というと、必ずしもそうではない。ある一線を超えると、やはり生残率や成長率が下がるのです。これを「アリー効果」と呼びます。
密度が下がり過ぎることによって生じる不利益として最も普遍的な要素に、生殖相手と出会うことが困難になることが挙げられます。広い生息環境で生殖相手が見つからなくなってしまう。他には、群れを使って見張る草食動物だと、群れの密度が小さくなることによって、一個体あたりが捕食者を見張る時間が増えて、餌を食べる時間が減少することなどが考えられます。
ニホンウナギの場合は、海の中の産卵場でどうやってオスとメスが出会うのかまだ分かっていません。ただ、例えば何らかのフェロモン物質を出して、周りから同じ種の生殖相手を呼び寄せるとしたら、個体数が多くなればなるほど多くのフェロモンが放出され、広範囲のオスメスを集めることができるでしょう。個体数が減少すると、加速度的に産卵集団が縮小していく可能性が考えられます。オスとメスが出会って生殖する以上は、必ずアリー効果が現れるはずです。
個体数がいくら多くても、だんだん減少していった時にそのペースは一定ではなくて、初めは急激で、それから緩やかになって、いつか崩壊するポイントを超えてしまうのです。問題は、そのポイントがどこにあるのかわからない、ということでしょう。
人間が自然からどれだけの利益を受け取れるのか
―― 海部さんのご専門は保全生態学ですが、具体的にはどのような学問なのでしょうか。
海部 保全生態学は生態学に立脚していますが、「環境を保全することによって人間が得られる利益を最大化していくための学問」だと考えています。つまり、「かわいそうだから守る」という動物愛護のような考え方ではなくて、人間が自然からどれだけの利益を受け取れるのかという経済的な考え方がバックグラウンドにあります。保全生態学は、長期的なタイムスケールで物事を考えます。長期的に積み重ねられる利益を最大化しようとしたとき、自然は保護する対象になります。
―― ニホンウナギと呼ばれている魚は、日本、中国、台湾、朝鮮半島など、東アジア一帯で獲れるものは同じ種類ですか。
海部 全部ニホンウナギです。遺伝的にも同一の集団で、マリアナ諸島の西方海域で産卵して、その稚魚が海流に乗って東アジア各地にたどり着きます。日本にはオオウナギのような違う種類のウナギも生息していますが、国内では養殖の対象にはなっていません。
―― それでは、ニホンウナギの生態に関する科学的な統計データは、東アジア諸国の間では共有されているのでしょうか。
海部 残念ながら、現在はされていません。ヨーロッパには科学者が集まる公式なパネルが存在しますが、東アジアにはありません。だから早急に作らなければいけない。日中台韓で研究者が集まるプラットフォームを作ることが急務です。
捕獲された個体の98%が放流ウナギ
―― マグロやサンマの漁獲量をめぐる議論も行われていますが、他の魚と比べてもウナギの情報は不透明になっている部分が大きいのでしょうか。
海部 そうですね。情報は限られています。例えば、マグロの場合には、太平洋のクロマグロは漁がなかった場合の2.6%まで減っている、という資源量の計算ができています。だからこそ、漁獲枠や消費量についての議論が成り立つわけですが、ニホンウナギに関してはそれができません。
逆にニホンウナギは増えていると結論づけている論文まであります。ただ、この論文で使っているデータにはいろいろ課題もあるだろうと考えています。最近私たちが出した論文では、一つの県におけるケーススタディではありますが、天然のニホンウナギは減少していました(詳しくは、こちらの プレスリリースを参照のこと)。
河川で捕獲したニホンウナギには、放流された個体が数多く含まれており、それが資源量の解析に影響していることが考えられます。そこで、私たちは、天然遡上のニホンウナギと放流された個体を判別する方法を確立し、天然遡上のニホンウナギの増減を調べました。具体的には、岡山の高梁川、旭川、吉井川という3つの河川と周辺の沿岸部で調査を行いました。ちょうど先日の西日本豪雨で被害の大きかった地域です。すると、放流が行われている淡水域では、捕獲されたほとんどすべての個体、実に98%が放流ウナギでした。かつては大量の天然のウナギが生息していたことが想像されますが、現在はほとんどいなくなってしまったようです。
放流した魚が天然魚を追いやったという状況は考えにくいので、おそらく天然のウナギが河川の中に入れなくなっていると考えられます。
海からやってきたシラスウナギが、河口堰とか、取水のための堰、ダムなどによって遡上できなくなっている状況が、最もありうるシナリオと考えています。
岡山の天然ウナギ激減は、個別の特殊事情とは考えにくい
―― 放流魚と天然魚は簡単に見分けがつくのでしょうか。
海部 簡単ではありません。魚の頭の中には耳石という感覚器官があります。この中に「年輪」が刻まれていくんですが、耳石を分析すると年齢や当時の生息環境を推測できるのです。放流魚はすべて養殖場で育てられますから、放流魚の耳石には養殖場のエサや水質が特徴として残されます。
一方、沿岸域で調べてみると、放流魚はほとんどいない。大半が天然遡上のニホンウナギです。この水域で漁獲データを収集したところ、アップダウンはあるものの、減少していました。詳しくは下のグラフをご覧いただきたいのですが、2003年から2016年の13年間で、近似直線を引くと漁獲量は大体5分の1に減っています。
天然ウナギばかりいる沿岸域のウナギは減っている。さらに淡水域にはほとんど天然遡上のウナギが入らなくなっている。つまり、岡山の天然ウナギは往年と比較すれば、激減したと言えるでしょう。ニホンウナギは海で生まれて、東アジア全域に広がっていきます。そうすると、岡山のこの現象は、個別の特殊事情とは考えにくい。ニホンウナギ資源全体の傾向を反映している可能性が考えられます。もちろんこれから他の場所でも調べていくつもりですが、資源管理の議論をするには、科学的なデータ収集が不可欠です。
ヨーロッパではシラスウナギの来遊量が増加
―― ヨーロッパでは、かなりウナギの保全が進んでいると聞きます。実際、個体数の増加には結びついているのでしょうか。
海部 結びついている可能性があります。ヨーロッパウナギも乱獲と環境変化で激減していましたが、2010年ぐらいからシラスウナギの来遊量が増えています。冒頭でも言ったようにシラスウナギの来遊量は年変動が大きいので、まだ楽観視はできませんが、回復を始めた可能性が考えられます。ヨーロッパにはウナギ研究者の公式なワーキンググループがあって、1900年からのデータが揃っているのです。
―― 保全の取り組みとしては、具体的には漁獲制限ですか。
海部 漁獲制限はあります。ヨーロッパウナギの域外持ち出しも禁じられています。それから、放流も国によって温度差が非常に大きいですが、行われています。
生息環境の改善にも注力しています。特にイギリスが進んでいます。魚道を整備したり、取水口にフィルターを付けて迷入を防ぐなど、ウナギを守るための仕組みが整備されています。しかも、それぞれの取り組みに対して科学的なモニタリングが行われている点が日本との大きな違いです。
シラスウナギは密漁や密売が横行している
―― 日本でウナギの個体数の増加に向けてできること、短期的なものと長期的なものがあると思いますが、少しご解説をいただけますでしょうか。
海部 一つ目はやはり資源管理です。適切な消費上限量を設定しなければいけない。具体的には池入れ量を適切なレベルまで下げる必要があります。ただ、その「適切なレベル」を設定するためには、もちろん話し合いが必要になりますし、科学的なデータをちゃんと盛り込まなければいけません。モニタリングの体制と研究者が話し合う組織もきちんと整備する必要があります。
また、シラスウナギは密漁や密売が横行しており、資源量の指標にするにはデータが不足しています。だから、シラスウナギの採捕と流通に関して、トレーサビリティを担保するシステムを作ることが必要です。これに関しては、ブロックチェーン技術を導入するのが効果的ではないかと考えています。全取引の電子報告を義務化して、ブロックチェーン技術で監視する。
加えて先ほどの耳石を化学物質で標識にする仕組みを導入すれば、トレーサブルな流通システムが構築できるはずです。技術的には可能ですが、導入に反対する個人や組織は多いでしょう。
はじめに考えるべきは河川横断工作物の撤去
次に行うべきことは、ウナギの生息環境の回復です。まずは、ウナギが遡上できる状況を作ることが重要です。河川の遡上阻害がウナギ個体数の密度を減少させているということは、環境省の調査ですでに明らかにされております。はじめに考えるべきは河川横断工作物の撤去です。それが不可能な場合は、効果的な魚道を設置する必要があるでしょう。
さらに、ウナギの放流についてもっと考える必要があります。放流は人間が自然界に対して介入する行為ですから、さまざまな害も考えられる。病気の拡散や遺伝的な混乱を生じさせる可能性もあります。逆に言えば、そのような悪影響を与えないかたちの放流なら積極的に行われるべきでしょう。例えば、汲み上げ放流。川の堰の下流側でウナギがたまっていたら、それを上流側に汲み上げるわけです。養殖場に入れないので病気にもかかりませんし、水系をまたいで移動するわけでもありません。もともと人間が堰き止めてしまったウナギを上らせるのは、人間が与えている悪影響を低減させることを意味します。
関わるべき官庁は水産庁だけではない
―― 水産庁を始めとする行政に対する要望はありますか。
海部 まずは、繰り返しになりますが、研究者が話し合う場を作って、ウナギの政策決定に科学的な知見を盛り込む仕組みを作ることが重要です。もう一つは、行政の横の連絡です。ウナギ問題では水産庁の名前がよく挙がりますが、関わるべき官庁は水産庁だけではありません。生物の保全であれば環境省が関わるべきですし、河川の話ならば国交省。不法な流通を取り締まる場には警察庁も関係していますし、消費者庁の関与が必要な場面もあるでしょう。水産庁以外の官庁についても、ウナギの問題に関して当事者意識を持って、互いに連携すべきではないか、と思います。
また、政治のサポートも重要です。養鰻や河川の漁業に関する議連もあるわけですから、問題解決のためには、行政を適切にサポートする必要があるでしょう。
―― 海部さんは個人的にはウナギは食べるんですか。
海部 今は基本的に食べません。一時期「ウナギのことをもっと知らなければ」と考え、意識的に食べるようにしていたんですけど、シラスウナギの流通をめぐる違法行為に関して考えるようになってから、食べなくなりました。
「たかがウナギ」ではない
―― 最後に、消費者へのメッセージを。
海部 研究を応援して「こういう研究が進んでウナギの安定供給がされるようになることを願っています。頑張ってくださいね」と言ってくださる方もいますが、それは難しいです。ニホンウナギは安定供給できる魚ではありません。ウナギの消費量は需要ではなく、資源量によって決定しています。そして、その資源量は減少する一方です。工業製品のように、企業努力によってどうにかなる類いのものではありません。
この点は、世間の認識とのズレを大きく感じます。最近では、ウナギの安定供給を実現することではなくて、「ウナギは安定供給できない状態に陥っている」ことをお知らせするのが僕の仕事なのかもしれないな、と考えています。
日本社会ではウナギはすごくシンボリックな存在で、世の注目を集めます。再生可能な天然資源の持続的利用とか、水辺の環境をどう考えるのか、という議論をする重要なキッカケだと思っています。だから、「たかがウナギ」ではない。この議論をうな重やうな丼の値段といった話に矮小化しないことが大事です。もちろん身近な問題であることは間違いありませんけれど、そこで終わらないことが肝心ですね。