水曜日, 10 of 8月 of 2022

人生で最も重要な真理

▲画面をクリックすると、動画が始まります

下の文章を読む前に、動画(1分少々)を見ることをオススメします

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上の動画、なかなかよく出来ていて、納得された方も多いかもしれません

上の動画では、自分の人生を1個のビンにたとえている

これに詰まらないものを詰め込むと、大切なものが入らなくなるよ、という教えです

「自分の人生にとって、何が最も大切か、

 それをよく見極めよ」・・・(*1)

という教訓は、けして間違っていません

いやむしろ「人生で最も重要な真理」なのかもしれません

 

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ただ、次のような冷めた見方も可能です

人を説得する(納得させる)上で、たとえ話は、非常に強力な手段です

多くの人にとって、論理的な証明よりも、たとえ話の方が納得しやすい

ここに大きな落とし穴があります

たとえ話はたいてい

「AとBは似ている、ゆえにAで正しいことはBでも正しい」・・・(*2)

というような説明をします(ここでは、A=ビン、B=人生)

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しかし、(*2)が常に成り立つという保証は、どこにもありません

話者がビンを「人生」ではなく「人生の時間」にたとえているのも巧みです

これなら人生の大きさ(キャパ)が誰でも同じだと納得させやすい

でも本当に、人生の大きさ(キャパ)は誰でも同じでしょうか?

生まれてから死ぬまで、一定(変わらない)でしょうか?

人生の大きさ(キャパ)が大きい人もいれば、小さい人もいるような気がします

一見すると「詰まらないこと」が、人生のキャパの拡大に役立ったりすることもありそうです

小さなキャパだった人が、人生体験の中で、キャパを大きくすることだってありそうです

私は、(*1)が正しくない、などと言っているのではありません

たとえ話という説得手段に気を付けましょう!

と言っているだけです

なぜなら、

宗教の話の多くは、たとえ話で構成されている

からです

仏教のお経とか、キリスト教の聖書とか、もうほとんど、たとえ話の山です

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昔は学校教育も行き届かず、文字の読めない人も多かったので、論理的な証明よりも、たとえ話が多用されました

たとえ話に納得した多くの人々が、宗教の信者になりました

実はこの状況は、現代でも余り変わっていないような気がします

上手なたとえ話を聴いて、「人生で最も重要な真理」が分かったような気持ちになったら、それは非常に危険な状況なのかもしれません

 (^_^;)