日曜日, 9 of 5月 of 2021

Category » メンタルヘルス

殺人で性的興奮

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いやー 気味の悪い事件ですね

下の記事で「常軌を逸したような」と書いていますが、これは他の生物に比べて大脳が異常発達して、自我(意識)が肥大化したヒト(人間)という生物の集団の中では、必ず一定確率で発生する異常個体(いわゆる極端な奇人変人)の一種です

その意味で、このような異常個体が時々発生することは常態であり、「常軌の範囲内」と考えて、常に対策を考えておく必要を感じます

多数者(いわゆる平均的な凡人)とは非常に異なる能力や嗜好を持った個人(異常個体)を、多数者集団の側からは、

「天才」「預言者」「救世主」「狂人」「変態」「異端者」「鬼」「魔女」・・・

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などと呼び、時には集団から排除して弾圧し、時には火あぶりにして殺害し、時にはその能力を集団のために活用してきたのが、我々人類の歴史です

このような遺伝のブレ(少数の異常個体)が発現した方が、環境変化などに対して集団(種)の生存を維持する上で有利なので、このような発現が続いているのではないかと思われます

とにかく、このような異常個体は、少数とは言いながらも、集団の中に必ず一定確率で発現するものであり、避けることは不可能で、無視することは集団にとって建設的な態度ではありません

最近はLGBTの人権が重視されるようになりましたが、少し前までは「ヘンタイ」などと呼ばれて差別されたり、法律で禁じられて処罰の対象にもなっていました

ようやく人類は、異常個体ではあっても他人に迷惑をかけないのなら、その権利は広く尊重しようという社会に到達したようです

精神医学的に見れば、LGBTも「殺人で性的興奮を覚える人間」も、必ず一定確率で発生する異常個体という意味では、よく似た存在かもしれませんが、他人に迷惑をかけるかどうかという点では、まるで違った存在なので、法的にはハッキリ区分する必要があるのは当然です

このとき留意すべきことは、

a)このような異常個体が、集団の中に、必ず一定確率で発生する

b)しかも遺伝子(DNA)レベルによる発現なので、正常者(集団の多数者)に変化する(矯正される)可能性が極めて低い

という点です

このような異常個体の心理を研究する「異常心理学」には、例えば相手が死体でないと性欲を感じない、というような気味の悪い事例が山ほど出てきます

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本人に悪意はまったく無く、例えば相手が同性でないと性欲を感じないのと同じように、死体でないと性欲を感じないのです

同性愛者が教育によって異性愛者(多数者、ふつうの人)になる可能性が極めて低いのと同じように、死体愛者がふつうの人になる可能性も極めて低いのです

刑事罰の目的には、大きく分けて

1)報復目的 被害者の報復感情を国家が代行する。「目には目を」のハンムラビ法典がその代表

2)矯正目的 加害者が正常者になるように教育して矯正する

3)隔離目的 加害者の暴力から社会(多数者集団)を守る

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という3つの考え方があるようです

現在の日本の刑法学の主流は(2)の矯正目的で、特に現在の日本の少年法には、この考え方が色濃く反映されています

現在の少年法に対する批判の多くは、(1)の報復目的が余りにも無視されているという視点から為されているようです

娘を殺された親からすれば、まず何よりも(1)の報復刑を求めるのは、人情として理解できます

しかし、DNAレベルで発現した可能性が高い「殺人で性的興奮」を覚える異常個体に対して、まず何よりも必要なのは、(3)の隔離目的であることは明白です

今回の殺人犯・岡庭由征も、16歳の時の凶悪犯罪(面識のない少女2人を刺した)にもかかわらず、現行の少年法によって間もなく社会に戻され、社会から隔離されることなく、今回の殺人に及んでしまいました

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彼を知る周囲の人々から「いずれまたやるだろうと思っていた」という発言が出ているそうですが、彼の近隣で生活してきた人たちの感じたであろう薄気味悪さは、想像するに余りあります

困るのは、刑事事件の加害者(犯人)でも、矯正が可能な者と、それがほとんど不可能な者が混在しているという事実で、裁判の中で両者を明確に見分けることが、最新の心理学や精神医学をもってしても、なかなか完璧は期し難いという点です

人間の意識や心の闇を探求したコリン・ウイルソン(→)は、右脳や創造性と共に、異常犯罪者の心理についても探求をすすめましたが、残念ながら彼の天才をもってしても、明確な解決策には至っていません

((((;゚д゚))))

 

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茨城県境町の住宅で2019年9月23日未明、小林光則さん(当時48)と妻の小林美和(同50)さんが何者かに刃物で刺されて殺害され、長男(同13)と次女(同11)が重軽傷を負った一家殺傷事件。

茨城県警は5月7日、これまで別件で逮捕されていた埼玉県三郷市に住む無職・岡庭由征(26)を殺人容疑で逮捕した。

殺人犯・岡庭由征(おかにわよしゆき)は、2011年(当時16歳)、「連続少女通り魔事件」でも逮捕されている。

当時、通信制高校に通っていた殺人犯・岡庭由征は、2011年11月18日、三郷市内で下校中の中学3年生の女子生徒に自転車で背後から近づいたのち、無言であごを包丁で突き刺した

さらに12月1日には、隣町の千葉県松戸市内にて、小学2年生の女児のわき腹を複数回刺した

どちらの被害者も重傷で、殺人犯・岡庭由征との面識はなかったという。

2011年の逮捕の際、家宅捜索では20本以上の刃物が押収された。

さらに裁判では

『女性を襲う事に、性的興奮を感じていた』 ←この発言が特に重要!

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『当初は殺害し、首を持ち帰ろうと思った』

など常軌を逸したような証言を繰り返していた。

殺人犯・岡庭由征は、自宅に硫黄45キロを貯蔵しており、毒ガスや爆弾を製造していた疑いもある。

2月15日には、警察手帳につける記章を偽造したことで、公記号偽造容疑で逮捕されている。

2020年11月19日の早朝4時半ごろ、4台ほどの護送車が殺人犯・岡庭由征の自宅周辺に停まった。

うち1台には「高圧ガス」と書かれていた。

県警は、2020年5月から内定を進め、24時間体制で殺人犯・岡庭由征の動きを監視し続けていた。

凶悪事件を起こした前歴がある殺人犯・岡庭由征は、いつ暴走するかわからない。

刃物だけでなく、爆薬や毒物も所持しているという情報もあり、テロを想定した人員で早朝の身柄確保に望んだ。

現場には、爆発物処理班も待機させていた。

 


サイのツノのように

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 ブッダが弟子に与えた言葉です

  哺乳類で角が一本なのはサイだけです

 ブッダは弟子が修行中に

  群れることを好まなかったようで

ただ独り歩め」と繰り返し繰り返し 説いています

 (^_^;)

 

「 寒さと 暑さと 飢えと 渇えと 

風と 太陽の熱と 虻と 蛇と

これらすべてのものにうち勝って

 サイのツノのように ただ独り歩め 」

 

スッタニパータ』は ブッダ本人の言葉に最も近い

と言われている原始仏典です

中村元さんの訳で 岩波文庫に入っています アマゾン

 

ブッダの言葉(YouTube)へ

 


読書 右脳の冒険

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コリン・ウイルソンが、人間の意識の構造について書いた「フランケンシュタインの城」の続編(実践編)ともいうべき作品

人の意識に関する私の問題意識の原点は

「天国は人の心の中に存在する

 地獄もまた同様である」

という言葉に要約される

天国が人の心の中にあるか、西方浄土にあるか、宇宙のかなたにあるか、そんなことよりまず

「私は天国の住人になりたい!」

ということなのだ

すると、西方浄土や宇宙ではなく、自分の心(脳)の中に天国があるのなら、もしかすると天国の住人になるということは、自分の意志の力で可能なのではないか?という問題意識が生じる

本書は、この問題意識に対する解答を提供しようとしている

 


読書 この人を見よ

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ニーチェが44歳で、発狂する直前に著した、自叙伝のような、一種の著作目録

このときのニーチェは理解者を失い、非常に孤独だったが、自分の思想の重要性は深く自負していたので、自分に注目しない世間に「私に注目せよ!」という叫びを発していて痛々しい

 1)噴出するような創造力

 2)同時代人に理解されない

 3)狂気と紙一重

という天才の3条件に見事に適合している

脳(おそらく右脳)から噴き出すような直観と情動を、知性(左脳)がかろうじて文章化したような作品群

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あの「ツァラトゥストラ」全4部を、各部10日程度で書き上げていることからも、その噴出の速さと激しさがうかがわれる

私はまだ「ツァラトゥストラ」と本書だけなのだが、激しく情動を揺さぶられるような読後感が残る

本書の読後に、手塚富雄「ニーチェの人と思想」(中公「世界の名著・ニーチェ」所収)を再読して彼の人生をたどり直してみたが、まさしく「天才はつらいよ」という悲壮感に満ちている

(^_^;)

 

 


誰かにほめられたい

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日本人はことのほか この承認欲求が強いようです

 今回のコロナ騒動で 日本人のほぼ100%マスクしてます

その背後にも 承認欲求が潜んでいるのかもしれません

マスクの科学的なウイルス防御機能よりも

 「あの人マスクしてない!」と言われたくない

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そんな動機が潜んでいるように思えます

 民度の高さと「生きづらさ」はコインの両面

でもね 世の中の人間の9割以上は

 実は自分自身のことで頭が一杯で

他人のことなんか 余り関心が無いみたいですよ

 承認欲求は 自意識過剰の別名かもしれません

いま必要なのは「嫌われる勇気」なのかもね

 (^_^;)

 


奥野淳也 マスク拒否おじさん再逮捕

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奥野淳也

 

マスクしないと入店拒否の店なんて少ないのに、わざわざそんな店を選んで入ろうとしてるのでしょうか?

だとするとかなりの確信犯で、

トラブルの渦中にいることに快感を覚える不思議な性癖

があるのかもしれません

微罪とはいえ暴行しちゃってますし、しかも再犯で反省ゼロですから、今回はひょっとすると実刑の可能性もあります

(^_^;)

 

千葉県警館山署は4/10、マスク着用で飲食店とトラブルになり、駆け付けた警察官を殴ったとして、公務執行妨害の疑いで、住所職業いずれも不詳の奥野淳也(34)を現行犯逮捕した。

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千葉県警館山署によると、奥野淳也は、航空機内でマスク着用を拒否して運航を妨げたとする威力業務妨害罪などで大阪地検が1月に起訴していた。

奥野淳也は「語りません」と供述し、認否を明らかにしていない。

飲食店がマスクを着用していなかった奥野淳也の入店を拒否し、トラブルになったという。

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奥野淳也の逮捕容疑は4/10午後0時50分ごろ、千葉県館山市の飲食店前で、通報を受けて駆け付けた千葉県警館山署員の顔を殴った疑い。

奥野淳也は、ピーチ・アビエーション機内でマスク着用を拒否して、客室乗務員の腕をねじってけがをさせ、同機を遅延させるなどしたとして、傷害や威力業務妨害などの罪で1月に起訴され、その後釈放された。

 


中国の食堂の大乱闘

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中国のレストランで、2つのテーブルの客が同じ食べ物を注文したが、遅く注文した方に先に食べ物が出された

そうしたら先に注文した方が、「俺たちの方が先に注文したんだ!」と文句を言い、遅く注文した方のテーブルから食べ物を奪っていったことで、熱いスープをかけあうような大乱闘が発生したそうです

チャイナチス中国共産党に暗黒独裁支配されて、日常的に巨額のワイロが横行し、自由も人権も無い国に住んでいたら、人々のイライラが溜まって、ときどき上の動画のように爆発したくなるのも分からんでもない

実際こんな小規模な乱闘ではなく、「暴動」と言えるような騒ぎが、中国国内では年間18万件(平均毎日500件)も発生しているそうです

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手前のテーブルに、そばで何が起きても平然として、自分の食事をする豪気な客もいるね

赤い服のおばさんが、いい味出してるなぁ

(^_^;)

 


読書 荒野のおおかみ

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自分は人間ではなく、荒野から出てきたおおかみだということを、心の底でいつも知っていたという男の告白の体裁をとった、ヘッセの内面的な自伝。

コリン・ウイルソンの言う「アウトサイダー」の典型の、その生きづらい人生を克明に描写している。

今では常識化しているが、ごく大雑把に言うと、人間は右脳と左脳が機能していて、右脳が情動(無意識)、左脳が理性(意識)を支配している。

多くの人は、この2人の支配人の間で、何とかバランスをとって生きているが、特に脳が肥大化した人(いわゆる天才)にあっては、このバランスが崩れ、自意識が過剰化し、いわゆる精神の分裂状態を招きやすい。

クレッチマーの気質分類(↓)に無理に当てはめると、右脳優勢が粘着型、左脳優勢が分裂型、ほぼ拮抗してるのが循環型かな?

右脳左脳論が流行するよりもずっと前、ウイルソンが「アウトサイダー」で文壇に華々しく登場するよりも前に、天才ヘッセは人の脳の複雑な多重構造に着目していた。

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ヘッセに言わせれば、人の精神の分裂は2つだけに限られず、実は非常に多くの人格に多重分裂しており、その不安定な統合体が人間であるとしている。

人間の意識の多重性や奥深さには、古来多くの文学者や哲学者が着目してきた。

古くはブッダもこの点に着目し、非常に深い認識論を展開しているようだ。

(^_^;)

 

▼クレッチマーの気質分類

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読書 ものぐさ精神分析

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この本を初めて読んだのは20年以上も前だが、読み始めたとたんにグイグイ引きづりこまれて、正続あわせて800ページ以上、ほぼ一昼夜で読み切った記憶がある(余りにも面白くて面白くて、興奮して夜も眠れなかった)

冒頭に

「フロイド理論は

 何よりもまず

 社会心理学である」

とある通り、個人の深層心理がいかに社会現象として現出するかを主に扱っている(著者は、フロイではなくフロイと表記している)

つまり、毎日のニュースに現れるような社会現象や歴史上の事件を、フロイト理論の立場から、バッサバッサと切りまくる、その分析の切れの鋭さが実に痛快なのだ

本当の発見とは、まったく未知の存在を発見することではなく、今まで何気なく見ていた存在(世界)がまったく違って見えるような、そんな斬新な視点の発見であると言われるが、まさにそれを体験できる

しかもそれは、どうでもいいような世界の話ではなく、自分自身の一回限りのかけがえのない人生の生き方に深く関わって来るのだから切実感がある

著者は自分の立場を「唯幻論」と呼んでいるが、

「この世のすべては、幻(まぼろし)である」

という考え方は、日本人の考え方や生き方に合っているようにも思えるし

「人間は、本能が壊れた動物である」

という主張は、人の心の闇を解析する上で実に示唆に富んでいる

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20世紀の天才による三大理論というと、アインシュタインの相対性理論、マルクスの共産主義理論、そしてフロイトの精神分析理論というのが定番とされている

この3人がすべてユダヤ人というところに、ユダヤ人のすごさが感じられる

フロイト理論は創始から100年以上が経過し、新しい学説による様々な批判も受けているが、人の心の闇を解析するための最も基盤となる理論としての重みは変わらないように思える

フロイト理論をより高い視点から批判したと主張する同時代の学者に対して、フロイトは

「巨人の肩の上に乗った小びと」

と手厳しく反論している

ピュアなフロイト理論なら、フロイト自身の著作に当たるのが良いのかもしれないが、フロイト理論を楽しく学ぶなら、本書は超オススメです!

(^_^;)

 

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▲ギリシア神話の盲目の巨人オーリーオーンと

その肩の上に乗る小びとケーダリオーン (プッサン、1658年)

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このところ書評(読書感想文)が少ないのは、関心が一時的に別のことに移ってサボっているからです

読書そのものは続けていますし、今までも読んだ本のすべてに書評を書いていた訳ではありません

また気が向いたら、バリバリ書評も書きますね

(^_^;)

 


読書 フランケンシュタインの城

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大学時代、工学部だったので、「意味の欠乏」に悩んだ記憶がある

工学部は、科学技術を用いて世の中を変革するための方法を研究をする場所だ

そこでは主に「方法」が議論され、「意味」はほとんど議論されない

方法の議論とは、HOWの追求(方法論)であり、そのためには世界の成り立ちを「原因と結果」の連鎖として解明し、その一方の究極は宇宙成立のビッグバンにまで及ぶ

意味の議論とは、WHYの追求(意味論)であり、世の中を「目的と手段」の連鎖として解明し、広くは人類や宇宙の存在にとって、狭くは自分ひとりにとっての、存在や行動の意味(価値)の中身を明らかにしようとする

毎日、詳細な工学的方法論を頭に詰め込んでいると、「いったい、これらは何のためにあるのか?」ということが気になってくるのだが、そのような哲学的な意味論は自然科学の対象外であるとして、工学部では余り議論されないことになっている

という訳で、若かりし私は、「意味の欠乏」に悩んだ

まったく同じような生活環境や状況に置かれていても、そこを天国と感じている人もいれば、地獄と感じている人もいる

「天国は人の心の中に存在する。地獄もまた同様である」

と言われるが、まったくその通りだ

毎朝目が覚めると、今日もまた天国のような世界で活動できることに喜びを感じ、ワクワクしながら生きている人がいる

毎朝目が覚めると、今日もまた地獄のような一日かと感じて、会社や学校へ行くのにもウンザリして、生きることに何の喜びも興味も感じない人がいる

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世界の受け止め方における、この大きな違い(天国と地獄の違い)を生じさせているものは、いったい何だろうか?

言うまでもなく、それは人の心(脳)であり、「意識」と呼ばれている

本書は副題にもある通り、その意識のメカニズムを明らかにしようとしており、これは著者コリン・ウイルソンが生涯をかけて追及したテーマでもある

(^_^;)