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消防博物館を歩く
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▲江戸時代の消火 火消しと言うより破壊だった
2023年10月31日(火)
消防博物館〜須賀神社
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▼001▼新宿歴史博物館から10分くらい歩いて、消防博物館に着いた
四谷消防署と同じビルに中にあります

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▼004▼まず江戸時代の消防(火消し)から

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▼007▼参勤交代のような大名火消し

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▼009▼当時の消防は「火消し」とは言うものの
実際は火が迫っている建物を破壊して延焼を防いだ
壊される家の者は、どんな気分だったのか?

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▼011▼組頭と仲の悪かった家は、優先的に壊されたような気がする

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▼013▼大奥の火事

▼014▼10万人以上が死んだ明暦の大火
関東大震災や東京大空襲の訓練をしたようなもの

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▼016▼大名は火事になるとこんな服装をした 右は奥様

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▼018▼これに大切な家財を入れて火事から逃げた 下に車輪が付いている

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▼020▼自分単独なら合理的な行動でも、みんなで一緒にすれば不合理になる
これは集団心理の一種としてよく指摘されます
芝居を見ているとき、一人が立ち上がれば舞台がよく見えるが
全員が立ち上がったら、舞台が下がったのと同じことになる
経済学では「合成の誤謬」と呼ばれ、不景気発生の原因になります
下の学者先生は偉そうに言ってますが、もし彼の自宅に火が迫ったら
たぶん大切な家財を持ち出すでしょうし、私もそうすると思います

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▼024▼ネットもテレビも無い時代なので、こうやって火事の速報をした

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▼027▼町人はオレンジ色のエリアに住んでいた

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▼030▼江戸時代の火事といったら、これですね

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▼038▼江戸時代のポンプで龍吐水と呼んだ
六本木の近くに麻布龍吐町という場所がありました

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▼041▼こんな水鉄砲で消火をしたの? ( ゚Д゚)

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▼043▼江戸時代の地図は西が上 西方浄土思想の影響かな?

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▼046▼江戸時代の城南地区

▼047▼火消しの男は、女性から非常にモテたらしい

▼048▼明治時代の消防ポンプ

▼049▼火事が燃えてるのに、火を起こして20分待つの?

▼050▼これをお祭りで走らせたら、かなりウケそう

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▼053▼消防出初め式 今でもやってますね

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▼066▼関東大震災の三越 ライオン像が見える

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▼072▼関東大震災 三越前の惨状

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▼075▼有名な白木屋の火事

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▼083▼電話が少ない時代の工夫

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▼089▼これが鳴ると、当時の人はトラウマになった

▼090▼今でもある手投げ消火器 「火叩き」というのは何だか笑える

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▼093▼消防組織は戦後になって警察から分離した

▼094▼なぜか外人家族 GHQへのゴマすり?

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▼097▼関東大震災では、東京より神奈川県の方が揺れが激しかった

▼098▼地震火災の延焼スピード

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▼104▼水道とガスの復旧には時間がかかる

▼105▼自宅から外に避難するときは、ブレーカーを落とすこと

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▼112▼黄色い煙は特に危険です

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▼133▼地下は地震に強い

▼134▼見学終了

▼135▼お岩さんの神社があった

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▼137▼読めない

▼138▼四谷怪談を演じた舞台関係からの寄付が多い

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▼146▼確かに、四谷は東海道に面していない

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▼153▼縁結びの神社のせいか、若い女性が何人もお参りしてました

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▼156▼女性の参拝者が多いせいか、スゴくオシャレな神社です

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▼159▼次は須賀神社 四谷の総鎮守

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▼161▼この神社は三十六歌仙絵で有名

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以上で全部です 最後までご覧いただき ありがとうございました

歩くの大好き
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