知らなかった土地を旅するのは面白いですが、今まで普通に過ごしてきた日常的世界が、それまでとは違って見える(感じる)という体験は、とてもファンタスティックだと思います。
それはたいてい、新しい視点とか、思想とか、時には宗教によって得られる体験ですが、これからは情報機器によって得られる場合が増えるかもしれませんね (^_^;)
周囲に溢れる大量のディスプレイや電光掲示板などを、すべてシャットダウンする──。
そんなサングラスが発表され、クラウドファンディングで話題になっている。
この液晶やLEDが発する光を遮断するサングラス「IRL Glasses」は、実用一辺倒ではない。
デザインは映画『ゼイリブ』にヒントを得たといい、そこにはあるメッセージも隠されているのだという。
TEXT BY ARIELLE PARDES
TRANSLATION BY MINORI YAGURA/GALILEO
去年の初頭のある日、スコット・ブルーはロサンジェルスでフードトラックの列に並んでいた。
そのとき、彼は視線の隅っこにFOXニュースのチラつくテレビ画面が入ってくることに気づいた。
こんな状況は馬鹿げている、ナンセンスだ! ──そう彼は考えた。
昼食をとりにちょっと外に出ても、氾濫するニュースや、どこにでもあるスクリーンから逃れることができない。
意識的にスマートフォンやノートPCから離れることはできても、否応なしにほかの場所で別のディスプレイが現れるのだ。
起業家でエンジニアのブルーは、少し前に『WIRED』US版で読んだ記事を思い出した。
ディスプレイから発せられる光を遮断する、新しい種類のフィルムについての記事だ。
ガラス張りの会議室のガラスにそのフィルムを貼ると、会議室の中の様子は見えるが、中にあるノートパソコンの画面は見えなくなるというものだった。
そこで同じ技術を眼鏡に適用すれば、どこにでもあるように感じるスクリーンをブロックできないだろうか、とブルーは考えた。
さっそくブルーは、画面ブロック用フィルム「Casper」を製造しているオフィス家具メーカーのスチールケースと連絡をとり、サンプルを注文した。
そして安いサングラスのレンズを取り出し、代わりに「Casper」を取り付けた。
驚くことに、これでうまくいった。
すべてのものが見えたが、ディスプレイだけが黒くなった。
ブルーが試作品をアーティストである友人のイヴァン・キャッシュに見せたところ、彼はこれを素晴らしい眼鏡だと思った。
現在、キャッシュら少人数のチームは、このアイデアを元に製品化を進めている。
「Kickstarter」に10月上旬に登場した「IRL Glasses」は、LEDディスプレイや液晶ディスプレイが発する波長の光を遮断するものだ。
このサングラスをかけると、スポーツバーにあるテレビは電源が入っていないように見える。
頭上で点滅する広告看板は、真っ黒に見える。
このプロジェクトはKickstarterに登場してから3日で、目標額の25,000ドル(約282万円)を超える資金を調達した(ただし、Kickstartersに掲載されているすべての製品と同様に、IRL Glassesにはいつもの注意書きがある)。
アート作品としての意味
「わたし自身もテクノロジー中毒です。わたしたちはみな、生活をもっとバランスのとれたものにしようと努力しています」と、キャッシュは語る。
アーティストであるキャッシュは、テクノロジーに対するわれわれの執着をもてあそぶのが好きだ。
過去には、メールを手書きの手紙にするプロジェクトや、見知らぬ相手が公開するFacebookプロフィールの写真から肖像画を描くプロジェクト、見知らぬ相手のスマートフォンに保存されている最新の写真の背景にある物語を探るプロジェクトに取り組んできた。
キャッシュにとってIRL Glassesは、ディスプレイに夢中な時代を表す完璧な風刺のように思えた。
「一種のコンセプト作品なんです」
さっそくキャッシュは有志を募ってチームを結成し、この眼鏡をコンセプトから現実のものにした。
最初は普通のレンズの上にCasperフィルムが貼られた眼鏡の試作品をつくった。
そしてその後、90度回転させた扁平な偏光レンズでも、同じような画面遮断効果があることに気づいた。
いまのところこのレンズは、液晶ディスプレイやLEDディスプレイが発する光は遮断できるが、有機ELディスプレイの場合は遮断できない。
つまり、ほとんどのテレビやパソコンには対応しているが、有機ELディスプレイを搭載した「iPhone X」などの新しいスマートフォンには対応していない。
映画『ゼイリブ』に込められたメッセージ
キャッシュによると、デザインは1988年公開の映画『ゼイリブ』を参考にしたという。
この映画に登場する不思議なサングラスは、広告にサブリミナルメッセージを表示する。
特別なレンズを通すと「命令に従え」「消費しろ」「権力に従え」といった、エイリアンが人類を密かに支配するために書いたメッセージが広告看板のなかに見えるのだ。
キャッシュからすれば、これは完全な隠喩だった。
映画に登場するエイリアンを、「人々の心を乗っ取るシリコンヴァレーの企業」に置き換えてみればいい。
80年代風の角張ったフレームは万人向けではないかもしれないが、キャッシュは会話のきっかけになるのは間違いないと語る。
それに彼は、この形状がだんだん好きになってきた。
「自分用に絶対に購入するようなスタイルではありません。でも、このごろはずっとかけているので、未来的なレトロ感覚のようなこういう奇妙なデザインが好きになってきた感じです」
キャッシュとブルーはこの数カ月間、IRL Glassesをかけて出歩いてきた。
『ゼイリブ』を参考にしたデザインだと気づいた見知らぬ人たちが立ち止まって質問してきたり、笑ったりするのに気づいたという。
「誰もがこのコンセプトに賛同しているわけではない。特別なサングラスなんかかけずに、テレビを消せばいい」と指摘するメールが、少なからず寄せられたという。
ほかの意見と同じくらい、そうした意見を気に入っている、とキャッシュは語る。
というのも、それこそがこのサングラスの狙いだからだ。
IRL Glassesは、スクリーンを見る時間がどのくらいあれば十分なのかについて、会話を続けるために存在するのである。