小松川に用事があったので、その周辺の平井~錦糸町を歩きました
藤圭子の名曲「はしご酒」に登場する江戸下町エリア
人の情けが ひとしずく しみて苦労を 忘れ酒
昔恋しい下町の 夢が花咲く錦糸町
よってらっしゃい よってらっしゃい お兄さん~♪
顔や姿にゃ ほれないが 男らしさにゃ しびれちゃう
そんな女(こ)がいる亀戸に 恋を平井にまわり道
よってらっしゃい よってらっしゃい お兄さん~♪
藤圭子の歌、いつ聴いても、しびれちゃいます
(^_^;)~♪
小松川に用事があったので、その周辺の平井~錦糸町を歩きました
藤圭子の名曲「はしご酒」に登場する江戸下町エリア
人の情けが ひとしずく しみて苦労を 忘れ酒
昔恋しい下町の 夢が花咲く錦糸町
よってらっしゃい よってらっしゃい お兄さん~♪
顔や姿にゃ ほれないが 男らしさにゃ しびれちゃう
そんな女(こ)がいる亀戸に 恋を平井にまわり道
よってらっしゃい よってらっしゃい お兄さん~♪
藤圭子の歌、いつ聴いても、しびれちゃいます
(^_^;)~♪
この歌には思い出があります
大学に合格して最初の頃の英語の授業で、当時の受験予備校界で割と有名人だった英語の先生である松山正夫という先生が登場しました
大学の先生がお金儲けなどのために大学受験予備校の講師をするというのは、当時でもさほど珍しいことではなかったのですが、それでも割と有名な先生が目の前にいて、ちょっと感動した記憶があります
右の写真(→)は最近の松山先生みたいですが、もちろん当時はもっと若かった
その松山先生がある日の授業で、この「The End Of The World」を教室に流したんですね
歌の歌詞をネタに授業をしたんだと思います
しかも松山先生は面白い先生で、Brenda Lee(→)のあとに別な若い歌手(名前は忘れました)が歌う同じ曲を流して、
「Brenda Leeが百戦錬磨の「使用後」で
その若い歌手は初々しい「使用前」だ」
などと冗談を飛ばしていたのを憶えています
確かにBrenda Leeの歌には、歌唱力の違いもありますが、人生経験を感じさせる何かがあるようにも感じました
その授業は機械工学系の男子学生ばかりの語学クラスで、女子学生はいなかった
とはいえ大学の授業で、そんなセクハラまがいの冗談が飛び出すあたりに、当時の時代性を感じますね
この直前に大学の入学式があり、当時の学長が
「入学おめでとう!
本日より本学は、諸君を紳士として遇する

だから諸君も、そのつもりで行動してください」
みたいなことを言ったのを憶えています
私の通った高校は割と自由な校風で、細かい校則とか無かった
坂本龍一(→)が学園紛争で大暴れして、校長に要求して(校長室に突入して占拠した)、変な校則をみんな廃止させてしまったのです
それでも小中高と子ども扱いされてウンザリしていた私は、この学長の挨拶がスゴくうれしかった
松山先生は授業の中で
「君たちの英語力は今がピークだから
今すぐに英検2級を受けておきなさい」
と言いました
大学の英語の先生が、
「大学生になったら、英語力は下がる一方だよ」
と断言するのですから、かなり大胆な発言です
私は素直にすぐ英検2級を受けて合格しましたが、松山先生のご指摘が卓見だったのは間違いなかったようです
私がいま英検2級を受けても、不合格になる可能性が高いと思います
(^_^;)
あなたはどちらがいいですか?
私は、カーペンターズは嫌いじゃないけど、この曲では、Brenda Lee が圧倒的にいいと思います
この The End Of The World という曲は、もともとはスキータ・デイヴィス(↓)という歌手の持ち歌なんですけど、余り歌唱力が高いとは言えず、Brenda Lee はもちろん、カーペンターズにも食われちゃってる感じがします
昨日9/22はYouTube動画を観ているうちに、オールディーズや日本のフォークソング、さらに藤圭子にたどりついて、またしみじみ聴き惚れてしまいました
藤圭子は何を歌わせても超天才なんだけど、上の動画はその中でも格別に際だって、もう神がかっているとしか言いようがない
私は藤圭子のYouTube動画を、何百本も繰り返し繰り返し観ている(聴いている)が、上の動画はその中でも一番の「推し」です
見た目はふつうの主婦が近所のスーパーに買物に行くような服装で飾り気なし、寝起きのボサボサ頭みたいな感じ(まさに乱れ髪)
それが歌い始めると、歌の神が乗り移ったような憑依系(ひょういけい)の世界に入る
本人には気合いも気負いもなく淡々と歌ってるんだけど、聴いてる歌手にしきのあきらの表情に「完全に圧倒されてる感」が浮かんでる
たぶん「プロだから分かる本物のスゴさ」みたいなものを感じ取っているのかな
この歌は美空ひばりの持ち歌で、美空ひばりだって大変な歌唱力なんだけど、聞き比べると完全に食っちゃって比較にもならん感じ
歌手で現在は参議院議員の中条きよし(→)は
「ボクの持ち歌をそんなにうまく歌われたら
やってられないよ-」
と言った(プロ歌手としての敗北宣言)
歌手の村田英雄は「もうオレの歌を歌うな!」と怒ったとか(大人げない)
もう亡くなって10年、引退してから数十年で、知らない人も多いと思うけど、こんなスゴい歌唱力の人は空前絶後、今後も永久に現れないだろうなぁと思うよ
ありがたいことに、YouTubeに大量の動画がアップされてるので、いつでも藤圭子の世界にどっぷり浸かることが出来ます
自殺に至った彼女の心の闇は永久に闇のままかもしれないが、天才というのは常人には計り知れない別世界に住んでるし、けして住みよい世界ではなさそう
最近観たYouTube動画で、同じくらい「天才はスゴい!」と感じたのが下の動画(↓)です
もちろん、クイーンの持ち歌だけど、食っちゃってますねー
藤圭子は主に演歌を歌っていたけど、本人が本当に好きだったのはビートルズなどの洋楽系で、いつもアメリカに住みたいと言っていた
実際に引退してからは、精神を病みながらも、日米を行ったり来たりして暮らしていました
(T_T)
この歌、サントリー・オールド(←)のCMソングで有名
洋楽なのかと思っていたら、純然たる日本人の作曲なんですよね
寺内貫太郎こと小林亜星(→)作曲
役者としても有名ですが、作曲家としても大変な数の名曲を創っています
もちろん作曲家の方が本業
そしてこの「夜が来る」というシブい曲
この曲だけでも、小林亜星は天才だなぁと思う
ご自身でも歌っています(↓)
(^_^;)~♪
台風6号が去ったと思ったらすぐに台風7号が接近中で、8/15ころ紀伊半島あたりに上陸しそうです
新幹線や空の便が混乱して、お盆休みで里帰りする人たちには大迷惑
私は東京育ちで、遠くに引っ越したという経験が無い
旅や出張はいろいろしたけど、それは短期間なので、東京に戻っても「里帰り」という感覚にはならない
だいたい、東京って「里」っぽくないしね
だから里帰りしたときの気持ちというのは、本当は良く分からないのですが、子供の頃に遊んだ場所とかに触れて胸がキュンとしたりするのかな?
そんな気持ちを歌った曲に「思い出のグリーングラス」という名曲がありますね
この歌は日本の小中学校で音楽の授業に使われたり、NHKの「みんなのうた」で放送されたりしているので、知らない日本人は少ないであろう有名な曲
日本語に訳された歌詞では、都会に出て来た若者が孤独の中で懐かしい故郷を思い出したりしています
もちろんアメリカの歌なので、日本語に訳される前の英語の歌詞があります
それを先日じっくり読んだら、じつは途中でとんでもないドンデン返しが起きます
実はこの歌、死刑囚が故郷を思い出している歌なんですよ!
途中までは日本語の歌詞と同じで故郷を思い出しているのですが、それは夢の中の話で、目が覚めたら自分は死刑囚の独房にいて、明日の朝、死刑が執行される
そして自分の遺体は、懐かしい故郷に葬られるだろうという痛烈な歌詞です
このままでは小中学校の授業で使いにくいということなのか、日本語の訳詞ではソフトなものに変えたようです
残酷な現実からは目をそらして無かったものにしてしまうという日本の文化には、多少疑問を感じますけどね
(^_^;)
近所の区の施設へ行ったら会議室で
高齢者団体が「神田川」を歌っていた
みなさん70代、80代といった感じ

若かったあのころ~♪
実にしっくり来ます
あなたはもう忘れたかしら~♪
これもしっくり(認知症で忘れちゃった?)
という訳で、ほっこりしました
(^_^;)
日本の音楽に一時代を築いた世代が
いま静かに引退の季節を迎えています
でもその音楽は、永遠です
(^_^;)~♪
――山下達郎さんの世代は、いまだ“現役”の音楽家が多いですよね。

日本のポピュラーミュージックを牽引してきた“戦友”は数多いと思います。
同世代で「友人」と呼べる存在を挙げるとすると。
「坂本龍一君(→)かな。
彼がYMOのメンバーになる前、70年代半ばから2年半ほど、それこそ毎日のように会っていた時期がありました。
数年前、久しぶりにゆっくり話す機会があったんですが、距離感はまったく同じだった」
――『戦場のメリークリスマス』に出演、音楽も担当して以来、“世界のサカモト”と呼ばれて久しい存在ですよね。
今となっては、ちょっと意外な人脈とも思えますが。
「坂本龍一君に初めて会ったのは1974年頃で、福生にあった大瀧詠一さんのスタジオでのリハーサルでした。
それまで面識はなかったんですが、坂本龍一君は新宿高校、僕は竹早高校で、同時期に高校紛争を経験しているんです。

年齢的には坂本龍一君が1級上。
僕が高校サボって茗荷谷の喫茶店で三島由紀夫(→)自決の臨時ニュースを観ていた1年前、坂本龍一君は新宿高校に3人だけだった某マイナー新左翼のメンバーとして、長髪・下駄ばきで新宿高校内を闊歩してたそうです。
ちなみに新宿高校のあと2人は、後年衆議院議員になった塩崎恭久さんと、『アクション・カメラ術』で有名になった馬場憲治さん。
そういう背景もあって、坂本龍一君とは初対面からウマが合った。
新宿のゴールデン街の飲み屋で、坂本龍一君が東京藝大で専攻していた現代音楽について客と論議を戦わせているのを眺めていたり、行きつけのライブハウスの酒を飲み尽くしたり(笑)」
――「政治の季節」を共有された。
「坂本龍一君にしても僕にしても、70年安保で人生が狂ったクチなんです。
これはよく言われることですけど、60年安保を機にドロップアウトした人たちが流れた先が雑誌メディア。
雑誌文化は60年代安保世代が作ったと言えるんです。
同じ世代が年を重ねるのに合わせて、雑誌も対象年齢が上がっていってますよね。
育児雑誌、中年雑誌と来て、今や老人雑誌が花盛りになっている」

前歯のスキマはトレードマークなので、矯正せずに維持したのかな?
「走れコウタロー」なつかしいですね~♪
この歌の中に出て来る変なジジイは
美濃部亮吉(←)という共産党系のアホ都知事で
「悪夢の民主党政権」みたいなことを半世紀前の都政で実行
東京都の重要財源の都営競馬を廃止する一方、超バラマキ行政で都財政を破綻させた
いま都バスが老人無料なのはこいつのせいで、若者は高い運賃を払わされています
いったんバラマキ福祉やっちゃうと、なかなか廃止出来ないという悪い見本です
(^_^;)
ヒット曲「走れコウタロー」などで知られる、フォークシンガー山本コウタローさんが7/4、脳内出血で死去した。73歳。
東京都千代田区出身。一橋大社会学部在学中にフォークグループ「ソルティー・シュガー」を結成し、1970年に「走れコウタロー」が大ヒット。
卒業後の1974年には「山本コウタローとウィークエンド」を結成し「岬めぐり」をヒットさせた。
テレビやラジオ番組の進行役や、講演活動なども精力的に行い、1999年からは白鴎大教授を長く務めた。
▲当時は左翼系(共産主義者)が都知事になるくらい共産主義全盛時代で
若者の長い髪は反体制(共産主義)のシンボルで、反体制デモやってました
今でもこの世代(団塊)は左翼政党(立憲共産)への支持率が高いです
若者が自民党を支持している現在からは、想像しにくいですね~ (^_^;)

フォークソング全盛時代のビッグスターたちが後期高齢者になり、芸能活動を終えつつあります
今は動画がいくらでも見れるので、よほど熱烈なファンで最新の芸能活動を追いたい人でない限り、彼らの音楽を楽しみ続けられるのはありがたい
アルバム名は、「ah-、人生、面白かった」なのかな?
(^_^;)
シンガー・ソングライター、吉田拓郎(76、→)のニューアルバム「ah-面白かった」(6/29発売)が初週売上4.6万枚を記録し、7/11付オリコン週間アルバムランキングの2位にランクインしたことが7/4、分かった。
拓郎のトップ3入りは、9年10/29付で3位に入ったLP「TAKURO TOUR 1979」以来、42年8カ月ぶり。
拓郎は年内で芸能活動を終了予定で、「ah-」は事実上のラストアルバムとなる。
ランキング1位はKing&Princeの「Made in」だった。
いま夜の7時、東京の夜の7時って、いい時間だなぁ
1993年、30年近く前の曲だけど、いい曲だなぁ
バブル崩壊の直後、まだバブルの余韻が残ってる感じ
(^_^;)