11【事件事故】

岡崎公栄 逃走中の凶悪犯の女 

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大阪地検の岸和田支部で、刑事施設に収容されることを告げられた岡崎公栄(49)が、男が運転する車で逃走しました。
その際、検察事務官が車にひかれ、軽傷を負いました。
この事件で大阪地検は逃げた岡崎公栄の顔写真を公開しました。
10月30日午前11時前の防犯カメラの映像に映っていたのは、男性らと共に止められた車に乗り込む岡崎公栄。
乗り込んだ瞬間、車が急発進し、一人の男性をひいて、走り去っていきます。
逃げた女は無免許過失運転傷害などの罪で公判中に保釈されていた岡崎公栄(49)です。
大阪地検によりますと、保釈決定を取り消され、岸和田支部に出頭してきた岡崎公栄に対して、収容手続きについて説明していたところ、「車に荷物を取りに行きたい」と申し出たということです。
検察官事務官と共に出てきた岡崎公栄は車に乗り込むと、そのまま男が運転する車で逃走しました。
その際、制止しようとした検察事務官が車と接触し軽傷を負いました。
大阪府警によりますと、逃走に使われた車はあずき色の軽乗用車で、岡崎公栄は身長約160cm、細身で黒とカーキ色の帽子を被っていたということです。
 

金田寛教授 逮捕 ストーカー

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 68歳でも スゴイ情熱
  元気だなぁ~  (^_^;)
 
風俗店に勤める20代女性の自宅前で待ち伏せし付きまとうなどしたとして、警視庁町田署は29日までに、ストーカー規制法違反容疑で九州工業大特任教授の金田寛容疑者(68)=北九州市戸畑区仙水町=を逮捕した。
金田寛教授は「姿を見るつもりだった」と容疑を認めている。
同署によると、金田寛教授は昨年6月に客として女性と知り合った。
金田寛教授は、愛人関係を迫ったため今年2月に店から出入りを禁止されたが、それ以降数十回にわたり、女性に「会いたい」などとメールを送り続けたという。
女性は今月27日、金田寛教授に車で付きまとわれて交番に駆け込み、町田署員が金田寛教授に職務質問し、付きまといを認めたため逮捕した。
 

すごいマンション

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 企画した不動産会社
  建設許可を出した役所
 買って住もうと思った人
  みんなアタマおかしい  (^_^;)
 

ダブル台風

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 天皇陛下のご即位祝賀パレード
   「祝賀御列の儀」
 延期して正解でしたね  (^_^;)
 
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即位の礼「祝賀御列の儀」1990年11月

 

出所祝い

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 右目は抗争で失ったそうです
  この業界では 名誉の勲章
 なのでしょうか?  ((((;゚д゚))))
 
18日朝に出所した指定暴力団山口組のナンバー2、高山清司若頭(72)が入った名古屋市内の組事務所には、重箱などが次々と運び込まれた。
山口組の篠田建市(通称・司忍)組長(77)らと出所祝いをしているとみられる。
高山若頭は同日午前6時前、府中刑務所(東京都府中市)を出た後、JR品川駅から新幹線に乗り、午前9時前に名古屋駅で下車。
迎えのワゴン車で同10時15分ごろ、名古屋市内にある出身団体・山口組弘道会の傘下組織事務所に入った。
約15分後には、篠田組長を乗せた車も事務所に到着。
その後、組関係者とみられる男性らが、風呂敷に包まれた重箱などを運び込んでいた。
名古屋市南部の住宅街にある事務所前には雨の中、約40人の報道陣が集まり、警察官も30人ほどが警戒にあたっている。
 

髙山清司若頭の出所

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▲73歳ですが「若頭」です

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 関西ヤクザの抗争ですが
  系列組織は全国に分布しています
 流れ弾に当たらないように
  気を付けましょう  ((((;゚д゚))))
 
京都の建設会社オーナーを恐喝したとして6年の実刑判決を受け、服役していた
髙山清司・六代目山口組若頭が、10月18日午前6時、府中刑務所を出所する。
その直前の、髙山若頭の出身母体である名古屋の弘道会に所属するヒットマン丸山俊夫容疑者が、対立する神戸山口組系山健組の本部前で2人の組員を射殺
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▲68歳にもなってヒットマン ヤクザも高齢化?

両山口組には緊張が走っており、他の刑務所への移送、時間の変更などは考えられるが、出所に変わりはない。
髙山若頭が恐喝事件で逮捕されたのは2010年11月。
その後、山口組は篠田建市(司忍)六代目のもとを井上邦雄・山健組組長が去って神戸山口組を設立。
その井上組長の側近だった織田絆誠・神戸山口組若頭代行が、組を割って任侠山口組を立ち上げた。

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▲暴力団対策法の締め付けで、暴力団員は激減している

髙山若頭は、極道の筋を通す正統派のヤクザである。
極道の筋とは、

「親子」「兄弟」の盃の重さを大事にすることであり、

組の「代紋」のためには体を投げ出す覚悟であり、

襲撃されたら「返し(反撃)」を行なう強さであり、

「絶縁」した者が稼業を続けていれば、許さず潰してしまう非情さである。

六代目山口組二次団体の幹部は言う。

カシラ(髙山若頭)の情報収集力と危機管理能力はたいしたもの。

 三分裂は、カシラ不在ゆえに起きたことだ。

 カシラが出てきたら、時期を見て綱紀を粛正、組織を立て直し、

 分裂の解消に乗り出すだろう」

その変化を見越した動きが始まっている。

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多摩川の氾濫

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 人に歴史あり
  川にも歴史あり  (;´Д`)
 
多摩川の氾濫は、世田谷区の東急二子玉川駅付近なのですけれども、元々、堤防が無い場所で、国土交通省関東地方整備局や世田谷区が土嚢を積んでいたのですけれども、隙間から川の水が溢れたようです。
周辺の住宅の1階部分や車が水につかるなど大変な被害が発生しています。
今時、一級河川で堤防がない所があるなど、ちょっとビックリなのですけれども、この辺りは1907年に多摩川電気鉄道が開通してから行楽地として栄え、1911年頃には十数件の料亭がありました。
1918年には多摩川の改修工事が始まったのですけれども、この辺りは料亭の反対を受け、その後ろ側に堤防を作ることになります。
料亭はそのまま残ることになったのですけれども、料亭業が衰退すると、ここの土地は売られ、民家に変わっていきました。
1973年にまた堤防を作る話が出たのですけれども、住民の反対を受け頓挫。
再び2004年に堤防を作ろうとしたのですけれども、住民の中で、安全を求める賛成派と眺望・治安の悪化を嫌がる反対派で対立。
計画高水位までの暫定堤防の築堤までは合意したものの、実際の工事は反対派の妨害活動もあって、一部しか完成していませんでした。
つまり、今回の多摩川の氾濫は起きて当然の場所で起こった訳です。

 

救助ヘリから落下事故


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 これは関係者にはキツイ事故ですねぇ
  フールプルーフや フェイルセーフ
 どのようになっていたのか? ((((;゚д゚))))
 
東京消防庁は13日、福島県いわき市で台風19号に伴う救助活動中、ヘリコプターにけが人の70代女性を収容しようとしたところ、誤って約40メートルの高さから落下させたと発表した。
女性は同市内の医療機関に搬送されたが、心肺停止の状態。
東京消防庁は調査員を派遣し、事故の経緯を調べる。
同庁によると、事故は13日午前10時すぎ、いわき市平地区で起きた。
救助活動に当たっていた部隊は大型消防ヘリ「はくちょう」で、隊員は11人体制だった。
出動要請を受けて同日午前から活動していた。
 
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東京消防庁は13日、福島県いわき市で台風19号の救助活動に当たっていた消防ヘリ「はくちょう」から70代女性を誤って落下させた事故について会見を開き

活動の手順を誤ったことが事故の要因」

「受傷された方、ご家族の皆様に心からお詫びを申し上げます」

と謝罪した。
発生日時は13日10時6分頃、77歳女性の傷病者を救出途中の出来事だった。
当初意識は鮮明だったというが、事故後に再度、救出活動に当たった際は心肺停止だったという。
事故が起こった当時の経緯については

「通常であれば地面に降ろし、座っていただいてからハーネスのカラビナを取り付ける

しかし今回は、水があるために抱えていた。

そのため一緒に降りたもう一人の隊員が、救助員のカラビナを取り付け、さらに本来であれば要救助者のカラビナを取り付けるはずだったが、その手順を見失ってしまった

その後、傷病者を抱きかかえる形でヘリコプターまで到着し、ヘリコプター側のホイストマンという要救助者を中に引き入れる作業をする者に要救助者を渡そうと位置を変えた時、取り付け具がついていなかったことから、傷病者を落下させてしまった」

などと説明した。
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高さ約40メートルから落下した女性は心肺停止の状態で市内の病院に搬送されている。
「はくちょう」は緊急消防援助隊として、13日朝から福島県内で救助活動を行っていた。
また救助活動にあたった救助隊員は2名で、年齢はともに32歳。
消防に入ってからは12年と13年で特別救助隊員の資格を有しており、航空隊に配属されてからは1年6カ月と2年6カ月。
それまでは消防署の特別救助隊員として活動していたということだ。
 

独善的な「正義の人」船戸雄大

検察側は「比類がないほど悪質」と述べた ©共同通信社

「記憶が曖昧でわかりかねます」

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれません」

 東京地裁の法廷でのらりくらりと質問をかわしたのは、東京都目黒区の船戸結愛(ゆあ)ちゃん(当時5)を虐殺したとして、傷害、保護責任者遺棄致死などの罪に問われた父親の殺人犯・船戸雄大(34)。
起訴内容は認めたものの、結愛ちゃんの命の危険を認識したのは死亡前日の「昨年3月1日だったと思う」と述べ、「2月下旬」とする検察側の主張に争う姿勢を見せた。

「本人が細かい主張をしてきているのに、いざ被告人質問をしてみると、虐待の時期や当時の考えなどは『明確な記憶がない』と答え、検察官を苛立たせていた。裁判員も繰り返し質問するなど丁寧に向き合っているのに、下手な国会答弁のような答えをしばしば繰り出したのが印象的でした」

法廷では雄大の過去も語られた。
幼少期を北海道で過ごした後、東京の大学に進学。
学生時代に在籍したバスケ部ではのけ者にされた経験もあったという。
大卒後は有名企業の子会社に就職してシステム関係の仕事に就くも、仕事のプレッシャーで体調を崩して退職。
その後はススキノのクラブにボーイとして勤務し、2015年から香川県のキャバクラに勤めることに。
すでに有罪判決を受けた優里被告(27)は、当時シングルマザーでこのキャバクラのキャストだった。