木村さんは渡辺さんを「お姉さん」と呼ぶ。いつもお揃いのピンクの衣装に身を包み、見た目もなんだか似ているふたりだが、実の姉妹ではない。
ともに40代半ばで未婚のふたりは、つい最近まで六畳一間のアパートで一緒に暮らし、今はお隣同士だ。
7月12日に共同生活をつづったエッセイ
『阿佐ヶ谷姉妹の のほほんふたり暮らし』が発売された。
この本からは、ふたりが単に”仕事上の姉妹”という関係だけでなく、”家族”として関係を築いていることが伝わってくる。
「ひそかな夢は、今住んでいるアパートを姉妹で買い取って、母や独り者の友達とみんなで住むこと」
本にこう書いた理由とは?
ふたりの暮らしは、これからの家族のありかたを考える上でどんなヒントがあるだろうか。
阿佐ヶ谷姉妹に話を聞いた。
これはなかなかスゴイ!
衝撃的なライフスタイルだなぁ (^_^;)
六畳一間に「妙齢の」女がふたり
ーーお笑いコンビとして普段一緒に仕事をしているふたりですが、まさか私生活も”コンビ”で送られているとは知りませんでした。どうして一緒に住むことになったんですか?
エリコ 阿佐ヶ谷の私のアパートに、ミホさんが泊まって行くことが増えたのがきっかけです。ミホさんが自分の家に帰るまえに「ちょっと休憩」と言って寄るんです。そのまま寝ちゃって週5くらい泊まって行く時もあったから、週7もイケるんじゃないということで私の方から同居を提案しました。
それでも決断するには1、2年くらいかかりましたねぇ。
ミホ 一緒に住むのは、ちょっと嫌でしたね(笑)。帰る場所があるっていう前提で好きな時にいられると楽かなって思っていたから、ずっと一緒だと大変かなと思って。
ーーわかる気がします。でも思いは変わったんですね?
エリコ 単純にお金の問題でしょう?(笑)
ミホ まぁ最終的にはお金がもったいないっていう理由が大きいですね。芸人でもやっぱり経済的な理由で一緒に住んでいるコンビは多いです。でも、さすがに私たちのように妙齢のおばさんがふたりで六畳一間っていうのはねぇ…。周りにもかなり驚かれました。
自分の”当たり前”は、他の人の”当たり前”ではない
―― 狭い部屋に一緒に住んで、不満や問題はなかったですか?
エリコ 一緒に住んでいた部屋はユニットバスだったから、必ずどちらかがお風呂なり、お手洗いに行ったりすると、1人はどちらにも行けなくなってしまうんですね。
ミホ それで、朝どちらが先にお風呂に入るかですごくもめて。どちらも早起きしたくなかったから、1カ月ごとに交代でお風呂の順番を決めようとしたんですけれど、全然私が守らなくて。何回か話し合ったりとか、お姉さんに涙ながらに訴えられたこともあったんですけれど、まぁでも守れないんですよね(笑)
エリコ 守れないわねぇ。だから私が諦めて先に入っていました。朝はミホさんの方が弱いので。逆に私が洗濯物を畳むのとかがあんまり得意じゃなくて、そこは整理整頓が得意な、ミホさんに任せちゃったりしてました。
ミホ 苦手なところを補充、補完するとかで折り合いをつけてきたところはありますね。ルールも本当に半分半分っていうわけじゃなくて、お互いに得意なところをやればいいじゃないって。
―― でも家族ってそういう前向きな妥協のくり返しかもしれないですね。本の中では、ミホさんがエリコさんの分のシチューをよそってくれなかったことに、エリコさんがクヨクヨしてしまう「シチュー事件」のエピソードもありましたね。
エリコ 自分は相手によそってあげるタイプだからどうしても「自分ならよそうのに」と思ってしまったんでしょうね。ふたりで住んでいると、ちょっとした違いやぶつかり合いはある。でも、前提としてやっぱり他人なんですよね。
自分の”当たり前”は、他のもう1人の方の”当たり前”でないってちゃんと認識しておくことは、すごく大きい気がします。そう思っていれば、それこそ自分好みのカレーをミホさんに作ってもらっただけで、泣き崩れるほど喜べる。ミホさんには「ちょろい」って言われたんですけれど(笑)、それはやっぱりありがたいことだって思うんです。
結婚願望は「ありましたね(笑)」
ーー40代半ばの女性がふたり暮らしをする上で、ご家族の反応はどうでしたか。
ミホ 30代くらいの時は「結婚はどうなんだ」などと親も聞いてきたんですけれど、40を超えたら、ぱったりそれを言わなくなりましたね。
エリコ うちもです。一時期は「お前相手は誰かいないのか」という両親からの心配はありました。でもそういう時期を経て、しばらくそういう話はなさそうだぞってなった時に、一人で住ませているよりも、気心知れた人が近くにいてくれた方が、何かあった時にもありがたいし、心配じゃないっていう風に思ってくれたみたいです。
ーー実際、おふたりの中には結婚願望はあったんですか。
エリコ 私は割とありましたね(笑)。機会やご縁があれば、もちろんしたいなと思っていましたし、子供が好きなので、子供ができたら欲しいなと思って。それは今でも思っているんですけれど。ただそういう縁がなくて、ちょうどお仕事もさせていただいていたこともあって。
あ、でも、恋か仕事かって選んで、恋を捨てたみたいなことはないです。恋はゼロだったので、選択肢はないんです(笑)。人によってはどちらも手に入れるために、婚活されていたり、ご紹介を受けたりされてる方もいらっしゃるけれど、私はたまたまそのパワーがなかっただけで、こっちを選んだってわけではないんですけれど。
ミホ 私はあんまり結婚願望みたいのがなくて、20歳くらいの時から、自分は結婚しなそうだなと思っていて、そしたらこんな感じに…。演劇とか、お笑いとか好きなことをやってきて今があるんですけれど、仕事を選んで恋は捨てた、みたいな感覚は全然ないですけどね。
ーー結婚していなくても、こうして信頼できる誰かと一緒に住んでいれば親御さんも安心でしょうね。
エリコ そう思ってくれているといいのですが。今年の頭には、両家の親と一緒に旅行にも行きました。
ミホ 親孝行しちゃいました(笑)。最初、私が母と旅行しようとしていたんですけど、うちは父がもういなくて母娘ふたりなので、2人だと旅行が寂しいかしらと思って。こちらの家族もいたら賑やかになって楽しいかしらと思って聞いてみたら行くって言ってくれたので5人で。
エリコ 有馬温泉ツアーをしました。
ミホ 吉本新喜劇を見たり、ご飯一緒に食べたり、新世界とかに観光行ったりとか、すごく楽しかったですよ。
エリコ 最後、有馬から大阪までのバス移動で、バスの一番後ろの列に5人並んで座りました(笑)。親も楽しかったと言ってくれましたね。まあ親孝行を1組だけでするのもちょっとあれだし、どうせだったら一緒に行こうって。
―― なんかご夫婦の話を伺っているみたいです(笑)
エリコ 私たちは血の繋がりのない「疑似姉妹」ですけれど、ある意味、家族っぽいんでしょうね。それぞれの親から連絡があったりしても、「ミホさんどう? 元気? 変わりない?」とか言われたりします。ミホさんのお母さんはお母さんで、こちらを気遣ってくださったりとか。
ミホ 「仲良くしてね、よろしくね」ってちゃんと言ってくれます。
ご近所さんが、私たちを「姉妹」にしてくれる。
――お互いの家族のほかに、おふたりの毎日を語る上で欠かせないのは、ご近所づきあいですよね。
エリコ ご近所には本当に恵まれています。
ミホ 一緒に住んでたからだと思いますけど、本当の姉妹のように接していただいてきましたね。私もどこででも「ワタナベさん」じゃなくて「お姉さん」と呼んでますし。
エリコ ご近所の方に「あら、今日妹さんは?」とか言われて「妹はうちで寝てます」とかそういう会話がもう普通になっているんです。私たち2人の、言ってみれば”ビジネス姉妹”的な関係が、プライベートな日常生活も、ご近所に受け入れられているというのは不思議。
「この人たちは、ワタナベさんとキムラさんなんだけれど、姉で妹なのよね」って理解して接してくださっているご近所づきあいというのはすごく心地よくて、ありがたいです。
ミホ 私は、もしお笑いの仕事もしてなくて、一人で住んでいたら、ご近所づきあいをあまりしないタイプだと思うんですけれど、お姉さんがいたことで、ご近所づきあいもスムーズにできるようになった気がします。
夢は”拡大家族”。子どもだって育てちゃうかも
―― これから先も、おふたりはずっと一緒に住むつもりですか。
エリコ どうなんでしょうね。
ミホ いつかアパートの建て替えの時期がきそうな気がしていますね。その時にどうするかですよね。
エリコ 私は、割と”ミホさん好き”なので、お隣とかに住んでてもらえたら、何かあった時にも、ちょっと助けてもらえたりとかして、すごく心強いっていうのはあるんですけど。
ミホ それはありますね。歳も歳ですし。将来、お姉さんだけじゃなくて、自分の親とか、ひとりの友達とかみんなで集まって暮らせたらいいなと思っているんですけれど。老後とか心配ですしね。
――これまでの「血縁」や「地縁」だけにとらわれず、もっと多様で自由な共同体が増えるといいですよね。みんなのお世話が得意な人が子育てや介護をして、働くのが得意な人にしっかり稼いでもらうのも良さそうです。
エリコ 作家の山崎ナオコーラさんが最近書かれた『偽姉妹』っていう本がありまして、血の繋がりがある本当の姉妹がいながらも、気が合って感覚が共有できるお友達と「三姉妹」という形式で共同生活を始めるという物語なんですね。その三姉妹は、その中の一人が産んだお子さんを一緒に育てて、そのまま老後まで関係が続くんです。それはすごく羨ましいなと思いました。
ミホ 子供って今まであんまり周りにいなかったから考えなかったけど、お姉さんは子供好きだし、いいかも。みんなでお世話できたり遊んだりできたらいいですよね。色々世代を超えてね。
エリコ 動物とかもそうですよね。今の六畳一間はペットがだめだけど、もっと大きな共同体とか共同生活みたいなものがあって「みんなで面倒を見あう」ということにすれば、新しい共生を探れるんじゃないかなぁと。
ミホ 今はそれができないから、ぬいぐるみでしのいでますもんね(笑)。
エリコ ミホさんと別々の部屋になってからはね、ちょっとぬくもりが欲しくてね…。ぬいぐるみを撫でてます。
―― おふたりの共同生活は、一風変わったように見えて、家族の本質がつまっていると感じました。ミホさんが、「お姉さんと住んでいなかったら、こんなに近所づきあいしてなかったかも」とおっしゃっていたように、誰かと一緒に生きていくことで、自分が変化できるのはいいですよね。
エリコ そうですね。ミホさんと暮らして「シチュー事件」で気づくこともあるし、ご近所もそう。うちのご近所の妙齢の女性たちは、みなさん優しくて、植物にも動物にも愛があって、挨拶もしてくださってユーモアもある方ばかりなんです。そういう生き方に触れて、憧れたりしますね。こうありたいなぁと。
ミホ お姉さんは、とにかく挨拶好きですからね(笑)。
エリコ ゴミを出しにいった時の「暑いですね」「寒いですね」を大事にしています。挨拶ひとつで、ちょっと体調悪そうだったとか、咳き込んでいたとかに気づいて心配したり、労わりあったりっていうのはありますから。
こういうちょっとした変化を目の当たりにしたり肌で感じられる生活を送れるのは、幸せなことだと思います。
……….
お笑いという仕事で繋がれた”擬似姉妹”の阿佐ヶ谷姉妹。インタビュー中、互いにツッコミを入れながら楽しそうに話すふたりは、仲の良い本物の姉妹のようだった。
生き方が多様になる今、結婚を選ばない人が増えている。ふたりの暮らしは、結婚する以外の生き方を選んだ人が家族のありかたを模索する時、ちょっぴり勇気をくれるのではないだろうか。
「自分の当たり前は、相手の当たり前じゃない」「お互いに、苦手なところを補完すればいい」
家族について考えることは、どうやって生きたいかを考えること。阿佐ヶ谷姉妹が自然と築いてきた関係には、生き方のヒントがたくさん詰まっていた。