近所の区の施設へ行ったら会議室で
高齢者団体が「神田川」を歌っていた
みなさん70代、80代といった感じ
若かったあのころ~♪
実にしっくり来ます
あなたはもう忘れたかしら~♪
これもしっくり(認知症で忘れちゃった?)
という訳で、ほっこりしました
(^_^;)
近所の区の施設へ行ったら会議室で
高齢者団体が「神田川」を歌っていた
みなさん70代、80代といった感じ
若かったあのころ~♪
実にしっくり来ます
あなたはもう忘れたかしら~♪
これもしっくり(認知症で忘れちゃった?)
という訳で、ほっこりしました
(^_^;)
花火大会や盆踊り(Bon Dance)のシーズンもそろそろ終わりかな?
最近では海外の音楽を取り入れて、駅前がクラブ化している盆踊りもあるようです
盆踊りは今では仏教の盂蘭盆会(うらぼんえ)に関連付けられて仏教行事の一種とされていますが、元々は素朴に祖先の冥福を祈るもので、日本に仏教が伝来する(約1500年前)よりはるか前から行われていたようです
さらに盆踊りは、男女が出会う場でもありました
今から1万年前の縄文時代、盆踊りに参加した人たちの関心は「祖先の冥福」よりも、「素敵な異性」を見つけることに注がれていたと思います
すでに死んだ祖先より、これから生まれて来る子孫をつくることに関心を注ぐのは、生き物の本能です
同じムラの中だけで相手を探していると近親交配になるので、盆踊りで近隣のムラとムラの若い男女の交流が図られたのでしょう
このような行事は「歌垣」(うたがき)などとも呼ばれて、今でも世界の未開民族では年中行事として残っています
キャンプファイアーのような中央の大きな焚き火を囲み、お酒を飲んで(おそらく原始的なお酒はあったと思う)踊り狂いながら、縄文時代の若い男たちは目当ての女性にアタックしたのではないかと思います
電気が無い時代ですから、中央の焚き火から少し離れれば、完全に真っ暗な闇の世界です
もう何でもやりたい放題(乱交パーティー)だったのかもしれませんね~
(^_^;)
今年も中野の盆踊り大会で「盆ジョヴィ」が行われました。
お盆の時期に迎えた祖霊、精霊をもてなし、死者の世界に再び送り返す事を主眼とする「盆踊り」。
パンデミック以降は全国的に中止が続いていましたが、行動制限を伴わない3年ぶりのお盆休みという事もあり、この夏は日本各地で盆踊り大会が復活しています。
盆踊りでは一般的に「炭坑節」、「八木節」、「東京音頭」など、伝統的な民謡が用いられますが、近年は多様化しています。
特に中野駅前の大盆踊り大会が元祖とされている、世界的ロックバンド「ボン・ジョヴィ」(→)の、「Livin’ on a Prayer」を用いた盆踊りは大反響を呼び、「盆ジョヴィ」として親しまれています。
歌手のオリビア・ニュートンジョンさんが亡くなりました
73歳でした
「そよ風の誘惑」や「フィジカル」などの代表曲があります
(T_T)
日本の音楽に一時代を築いた世代が
いま静かに引退の季節を迎えています
でもその音楽は、永遠です
(^_^;)~♪
――山下達郎さんの世代は、いまだ“現役”の音楽家が多いですよね。
日本のポピュラーミュージックを牽引してきた“戦友”は数多いと思います。
同世代で「友人」と呼べる存在を挙げるとすると。
「坂本龍一君(→)かな。
彼がYMOのメンバーになる前、70年代半ばから2年半ほど、それこそ毎日のように会っていた時期がありました。
数年前、久しぶりにゆっくり話す機会があったんですが、距離感はまったく同じだった」
――『戦場のメリークリスマス』に出演、音楽も担当して以来、“世界のサカモト”と呼ばれて久しい存在ですよね。
今となっては、ちょっと意外な人脈とも思えますが。
「坂本龍一君に初めて会ったのは1974年頃で、福生にあった大瀧詠一さんのスタジオでのリハーサルでした。
それまで面識はなかったんですが、坂本龍一君は新宿高校、僕は竹早高校で、同時期に高校紛争を経験しているんです。
年齢的には坂本龍一君が1級上。
僕が高校サボって茗荷谷の喫茶店で三島由紀夫(→)自決の臨時ニュースを観ていた1年前、坂本龍一君は新宿高校に3人だけだった某マイナー新左翼のメンバーとして、長髪・下駄ばきで新宿高校内を闊歩してたそうです。
ちなみに新宿高校のあと2人は、後年衆議院議員になった塩崎恭久さんと、『アクション・カメラ術』で有名になった馬場憲治さん。
そういう背景もあって、坂本龍一君とは初対面からウマが合った。
新宿のゴールデン街の飲み屋で、坂本龍一君が東京藝大で専攻していた現代音楽について客と論議を戦わせているのを眺めていたり、行きつけのライブハウスの酒を飲み尽くしたり(笑)」
――「政治の季節」を共有された。
「坂本龍一君にしても僕にしても、70年安保で人生が狂ったクチなんです。
これはよく言われることですけど、60年安保を機にドロップアウトした人たちが流れた先が雑誌メディア。
雑誌文化は60年代安保世代が作ったと言えるんです。
同じ世代が年を重ねるのに合わせて、雑誌も対象年齢が上がっていってますよね。
育児雑誌、中年雑誌と来て、今や老人雑誌が花盛りになっている」
前歯のスキマはトレードマークなので、矯正せずに維持したのかな?
「走れコウタロー」なつかしいですね~♪
この歌の中に出て来る変なジジイは
美濃部亮吉(←)という共産党系のアホ都知事で
「悪夢の民主党政権」みたいなことを半世紀前の都政で実行
東京都の重要財源の都営競馬を廃止する一方、超バラマキ行政で都財政を破綻させた
いま都バスが老人無料なのはこいつのせいで、若者は高い運賃を払わされています
いったんバラマキ福祉やっちゃうと、なかなか廃止出来ないという悪い見本です
(^_^;)
ヒット曲「走れコウタロー」などで知られる、フォークシンガー山本コウタローさんが7/4、脳内出血で死去した。73歳。
東京都千代田区出身。一橋大社会学部在学中にフォークグループ「ソルティー・シュガー」を結成し、1970年に「走れコウタロー」が大ヒット。
卒業後の1974年には「山本コウタローとウィークエンド」を結成し「岬めぐり」をヒットさせた。
テレビやラジオ番組の進行役や、講演活動なども精力的に行い、1999年からは白鴎大教授を長く務めた。
▲当時は左翼系(共産主義者)が都知事になるくらい共産主義全盛時代で
若者の長い髪は反体制(共産主義)のシンボルで、反体制デモやってました
今でもこの世代(団塊)は左翼政党(立憲共産)への支持率が高いです
若者が自民党を支持している現在からは、想像しにくいですね~ (^_^;)
超カワイイのに
砂漠でたくましく生きるスナネコ
歌になりました!
マヌルネコの歌もあるよ(↓)
(^_^;)~♪
今日は選挙の日! もう投票、済ませました
まさに牧歌的な平和ボケ日本の歌~♪
私はこの選挙の歌がダイスキです!
開票速報も好きなので、20時が待ち遠しい
(^_^;)
フォークソング全盛時代のビッグスターたちが後期高齢者になり、芸能活動を終えつつあります
今は動画がいくらでも見れるので、よほど熱烈なファンで最新の芸能活動を追いたい人でない限り、彼らの音楽を楽しみ続けられるのはありがたい
アルバム名は、「ah-、人生、面白かった」なのかな?
(^_^;)
シンガー・ソングライター、吉田拓郎(76、→)のニューアルバム「ah-面白かった」(6/29発売)が初週売上4.6万枚を記録し、7/11付オリコン週間アルバムランキングの2位にランクインしたことが7/4、分かった。
拓郎のトップ3入りは、9年10/29付で3位に入ったLP「TAKURO TOUR 1979」以来、42年8カ月ぶり。
拓郎は年内で芸能活動を終了予定で、「ah-」は事実上のラストアルバムとなる。
ランキング1位はKing&Princeの「Made in」だった。
華やかなトップ演奏家の陰に
多くの目立たない底辺層がいて
その育成に当たる大学経営にも
ビジネスの厳しさが波及かな~?
(^_^;)
少子化が叫ばれて久しい中ですが、実は日本の大学の学生数は増えています。
一方で、音楽大学は異常ともいえる学生減に見舞われています。
その原因はどこにあるのでしょうか?
銀行支店長から音大教授へ転じた、異色のキャリアを持つ大内孝夫氏が分析します。
「布団の中から出たくない」
で一世を風靡した
打首獄門同好会による
筋トレちゃんのための新曲です
(^_^;)