現代史

訃報 江上泰山

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放火されて炎上する金閣寺

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ネット界では「炎上」が日常茶飯事ですが

 戦後すぐの世間を騒がせたのが金閣寺炎上事件

三島由紀夫や水上勉など、文学ネタにもなりました

 いま我々が金ピカの金閣寺(再建)を見れるのは

この事件があったからかもしれません

 (^_^;)

 

img_3352bf1aca379fca3a31ca7b94a49acb93021江上泰山(えがみ・たいざん、→)氏が11/19、誤嚥(ごえん)性肺炎のため死去した。

85歳。

金閣寺元執事長で、臨済宗相国寺派宗務総長を務めた。

1949年に中学2年で金閣寺(鹿苑寺)に入る。

翌年、兄弟子の放火で炎上した金閣(舎利殿)を目撃した。

葬儀は11/24午前10時、京都市北区等持院北町61真如寺。

喪主は長男で真如寺住職の正道(しょうどう)氏。

 

 

訃報 瀬戸内寂聴

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「号外なんて大げさな!」なんて言うなかれ

 出身地の阿波徳島では「郷土の偉人」です

ご自身も「寂聴連」をつくって踊ってました

好きなことをやり尽くした人生!」のように見えて

はたから見てると、まことにうらやましい大往生

 本当の心の中は、本人以外には分かりませんけど

(^_^;)

 

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▲阿波踊りに参加した寂聴連

 

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▲寂聴さんの出家得度には、作家の今東光氏が深く関わっている

 

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私が17~18歳の青春時代には、街のいい男はみんな戦争に取られて、年頃の女を相手する男はいなかったんですよ。

それを「トラック1杯の女に男が1人」というふうに言ってね。

女が留守を守っていたんだから、男を頼りにする未来なんていうのを考えもしませんでしたね。

男がいないんだから、男の留守にお嫁さんが舅と仲良くなったり、いまで言う女性の不倫みたいなことも、たくさんあったんですよ。

それをみんながけしからんなんて責め立てたけど、いま考えたら、無理もないことですよね。

彼らのせいではなく、戦争している国家が悪いのよね。

1957年に『花芯』を発表した時は、「子宮作家」と呼ばれて、随分叩かれましたけどね。

平気でしたよ。問題にしなかった。

ひどいことをいろいろ言われたり、されたり、そんなのをいちいち相手にしてたら、書くことなんてできませんから。

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いまとなっては、もう昔々のことでね。

よくまぁ、がんばってきたなと思いますけど。

ここ最近になって作品が受け入れられるようになったというのは、私の考え方が世の中より少し進んでいたのよね。

周りがついてこられなかったんですよ。

かつては男女間のタブーがあっても、それに目をつぶって綺麗ごとを書くのがよしとされていたでしょう?

当時は、社会を変えたいとか、そんな大層なことは考えていなかった。

私はただ、ありのまま、本当のことを書いただけだったのね。

道に外れたことをする男や女は、やっつけられるんです。

 

 

 

高輪築堤を移設

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高輪築堤(たかなわちくてい)

石に白い札のようなものが貼ってあるのは

正確に移築するために、石に番号をふっているのか

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 鉄道は軍事物資の輸送に重要な役割を果たすのに

  明治の初めには、軍が鉄道建設の邪魔をしていた!

 なんだか牧歌的な時代精神を感じます

  (^_^;)

 

1872(明治5)年の鉄道創建時に東京湾の浅瀬に築かれ、現在のJR高輪ゲートウェイ駅(東京都港区)西側で見つかった「高輪築堤」が、来春にも佐賀市の佐賀城公園で部分的に復元される。

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築堤建設を決めた旧佐賀藩出身の大隈重信(→)の没後100年の記念事業として、佐賀県が乗り出した。

築堤の石約400個を東京から西に900キロ離れた大隈ゆかりの佐賀市に運び、鉄道開業150周年も併せて祝う。

高輪築堤は、新橋~横浜間の鉄道開業に合わせて、現・田町駅付近から品川駅付近まで約2700mにわたり建設された。

佐賀城本丸歴史館(佐賀市)などによると、当時の兵部省(後の陸軍省と海軍省)の反対で付近の陸地に鉄道線路を通すことが出来ず、鉄道建設の責任者だった大隈重信らの判断で、海上建設に踏み切ったという。

当時は品川駅も海岸にあり、海岸から築堤を見て

「海の上を走る陸蒸気」

として観光名所にもなった。

 

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▲東京八ツ山下海岸蒸気車鉄道之図 明治4年(1871)頃

実は明治4年、まだ鉄道は出来ておらず

これらの絵は、海外の資料をもとに想像で描いたらしい

そのせいか、変な形をしている  (^_^;)

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▲現在の田町付近を新橋方面へ走る貨物列車

1906(明治39)年頃、、左下は海

 

その後築堤は、付近の埋め立てで姿を消したが、JR東日本による品川駅周辺の大規模再開発に伴い、約800mが最近出土した。

このうち、国史跡に指定された120m分は保存されるものの、ほかは記録後に解体される。

そこで

「築堤の石垣から外された石の有効活用を」

と佐賀県が移築に名乗りを上げた。

 

東京ラムストーリー

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近所にラム(羊肉)のお店が出来てました

最近リバイバルしている往年の人気ドラマ

  東京ラブストーリー

にうまく便乗して

  東京ラムストーリー

(^_^;)

 

▼平成バージョン バブルムードたっぷり

 

▼大ヒットした主題歌

 

▼令和バージョン 平成版を超えるのは無理かな?

 

これから化けます

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 この人の人生は

  日本のテレビ史

 そのものです

  (^_^;)

 

女優でタレントの黒柳徹子(88)が10/7、自身のインスタグラムを更新。

本番前の“どすっぴん”写真を披露した。

黒柳は

「ただいまEX(テレビ朝日)に到着。

 本番前の『どすっぴん』(笑)

 このヘアキャップ可愛いでしょ」

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と紹介し

「私、これから化けます」

とつづった。

フォロワーからは

「かわいいーーー」

「お肌がキレイすぎます」

「お肌が綺麗です!ステキ」

「どすっぴんのままで物凄く可愛いです」

などのコメントや、パンダ柄の洋服への絶賛の声が届いている。

 

小室佳代 刑事告発される

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小室問題の核心は、この小室佳代という女の強烈なウサン臭さにあるように思います

知人からの借金を返さないのは民事事件だし、今回の刑事告発が仮に事実だとしても、どちらかと言えば微罪です

息子の小室圭さんは、多少のヤンチャ時代があるにせよ、一流大学であるICUに合格し、英語も堪能で、米国の法科大学院で学び、弁護士を目指している

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それなのに日本国民が小室問題にここまで過敏な反応を示しているのは、この小室佳代という女の持つ、強烈なウサン臭さが原因としか思えません

平気でウソをつく、平気で約束を破る、悪事を指摘されても開き直る、恩を仇で返すなどという、日本人が最も嫌う、最も軽蔑するものの臭気が、この女の周辺には充満している

このまま進むと、こんな女と皇室が縁続きになる訳ですが、そんな事態は、日本人として絶対に耐えられないという嫌悪感です

すでに事態は、小室佳代が望んでいる方向へ進んでおり、止めるのは不可能な状況です

日本国民の皇室に対する信頼感が、大きく損なわれるのは避けられないでしょう

天皇の地位が、「日本国民の総意に基づく」ことを考えると、由々しき問題です

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日本国憲法 第1条
天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく

弱肉強食の国際社会を考えれば、ある国家の統合が緩み、内部分裂の兆しが生ずるということは、周辺の「仮想敵国」が大喜びする事態であるのは間違いありません

(;´Д`)

 

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秋篠宮家の長女・眞子さまと小室圭さんの結婚会見が10/26に迫るなか、10/6、小室さんの母・小室佳代さんが詐欺罪で刑事告発された。

あるジャーナリストが東京地方検察庁に告発状を提出したのだ。

「告発状は、受け取りが拒否されることもありますが、今回は拒否されてはいないので、第一関門は突破しています。次の関門は受理されるかどうか。受理されれば、本格的な捜査が始まることになります。眞子さまの“フィアンセ”の母親が捜査対象になれば、前代未聞の事態です」(全国紙記者)

そもそもなぜ、小室佳代さんは刑事告発をされるにいたったのか。

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そこには2つの大きな疑惑がある。

まずは遺族年金の不正受給疑惑だ。

小室佳代さんは夫の敏勝さんを2002年に亡くし、その後は遺族年金を受給してきた。

しかしその間、元婚約者のAさんから金銭的なサポートを受けていた期間がある。

「小室佳代さんはAさんと婚約していました。当時、彼に送ったメールの中で、“夫の遺族年金を受け取っている間は、Aさんと事実婚状態であることは秘密にしてほしい”といった主旨の内容があったことが報じられています。夫との死別後に別の男性と生計を共にするようになれば、遺族年金の受給対象から外れます。しかし小室佳代さんは、Aさんから援助を受けながら遺族年金も受け取るべく、事実婚であることを隠し通そうと、Aさんに口止めを促すメールを送っていたというのです。これが遺族年金の不正受給に当たるのではないか、と指摘されています」(皇室記者)

もう一つは、傷病手当金の不正受給疑惑だ。

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小室佳代さんは老舗洋菓子店の正社員として働いていた2018年頃、“適応障害”を理由に、勤務を休んでいた時期がある。

「この際に、勤務先の洋菓子店が加入する『東京都洋菓子健康保険組合』に傷病手当金の給付を申請して受理され、約1年半にわたって給付を受けていました」(前出・皇室記者)

ここまでは労働者の権利だが、問題は、傷病手当を受けながら、他の店で働き報酬を得ていた疑惑があることだ。

報道によれば、知人が経営する長野・軽井沢のレストランで住み込みで働いていたとされる。

軽井沢は夏がシーズンで、夏が終わると自宅に戻っていたようだが、また翌夏には戻ってきて働いていたという。

仕事はバックヤードが中心だったが、ホールに出ていたこともあるとの証言も報じられた。

詳細はここをクリック

 

品川駅開業150年

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▲開業当時の品川駅 東京湾の海岸スレスレ

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現在、駅周辺の再開発やリニア始発駅の建設で、激しく変貌しつつある品川駅です

その開業は明治5年(1872年)ですから、来年で開業150年になります

日本で最初に開業した鉄道駅で、開業当時は「品川停車場」と呼ばれていました

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幕末に徳川幕府軍と明治政府軍が戦った戊辰戦争

その戦いが終わったのが明治2年ですので、そのわずか3年後には鉄道の営業運転が始まっていますから、当時の社会変動の速さが分かります

今でも品川駅の近くには「旧海岸通り」という道路がありますが、埋め立てのせいで、海岸などどこにも見えません

品川駅なのに品川区ではなく港区にある

品川駅の南に北品川駅がある

巨大駅なのに地下鉄が通ってない

など、いろいろ話題豊富な駅でもあります

これらにはそれぞれ歴史的な事情があり、鉄道の歴史に関心がある人たち(歴鉄)の興味を引いています

(^_^;)

 

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▲現在の品川駅

 

西新宿の暗渠(あんきょ)

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▲意外とデコボコしている東京の地形

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 変わり続ける街・新宿

  そこにも、変わらない場所

 あるみたいですよ

  (^_^;)

 

絶え間なく再開発が進む西新宿

そんな中で1世紀近く昔、大正時代や昭和初期に架けられた橋が、今なおこの町に残っている。

笹塚から幡ヶ谷をへて西新宿へと流れていた

神田川支流(玉川上水幡ヶ谷分水・和泉川)の暗渠

そこには人と水辺との関わりの記憶をとどめる風景がある。

詳細はここをクリック

 

原付30キロ制限

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▲ホンダ「カブ号 F型」1952年

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 バイクやクルマの性能は大きく変わってますが

  法律の規制は、そのままというのが多いようです

 これから電気自動車が幅広く普及すれば

  抜本的な規制改革は避けられないでしょうね

 (^_^;)

 

原付に関する内容で話題になりやすい30キロ制限

しかし、速度メーターを見ると60キロまであり、加速性能が自動車に負けないくらいに加速できるモデルも販売されています。

制限速度30キロの理由とはなんでしょうか?

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1955年に2輪車免許の一部が細分化。それまで「原付許可」となっていた免許が2つに分かれ、

「原付1種許可(50cc以下)」

「原付2種許可(125cc以下)」

の2種類になりました。

これが現在の原付免許の始まりです。

内閣府が公開する規制改革のなかで警察庁向けに2015年(平成27年度)に提案された内容で、約66年前に規定された原付の速度規制について触れています。

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「規制改革ホットライン」の記述では

「原付1種(排気量50cc以下)は昭和30年代の制度創設以来

 規制速度が30km/hとなっている」

としています。

つまり、免許制度の改正のときに制限速度が決められたということです。

1950年代の原付がモペットであったため、そのモペットが出せる速度が20キロ前後であったとされ、そこから考えられた制限速度のようです。

詳細はここをクリック

 

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▲ホンダ「 ハンターカブ CT125」最新型

スゴイ人気で、注文しても半年待ちだとか (^_^;)

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映画「わが道」と高度成長前の貧困

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出稼ぎ者が東京で行き倒れ、身元不明人として勝手に医大の解剖実験材料にされた事件の裁判闘争記録『ある告発-出稼ぎ裁判の記録』(佐藤不器ほか、日刊東北社、1972年刊)の映画化

実際の事件は、昭和41年に青森県十和田湖近くの寒村から出稼ぎに出た64歳の川村由松が、東京品川の大井町駅で亡くなった

その身元を証明する所持品があったにも関わらず、大井町警察署と港区役所のズサンな扱いで身元不明人とされ、8か月後には慈恵医大の冷蔵庫に移され、解剖実習の材料にされていた

遺族である妻が激しく憤り、地元で地方新聞『日刊東北』を出していた佐藤不器(原作本の著者)の支援で、青森県と東京都を相手に訴訟を起こした過程を映画にした

昭和41年の事件だから、すでにテレビもクルマもあるのだが、高度成長前期の日本の貧困が、実に暗くリアルに描かれている

その絶望感を音羽信子が名演している

後半は一転して、法廷が舞台の裁判ドラマ

原作本の著者が新聞記者のせいか、新聞記者や弁護士が「人権を守る良い人」、警察や役所が「権力をカサに着て人権無視する悪い連中」というように、ことさらに単純対比しているような印象も受ける

安保闘争が激しかったころの時代精神を感じる

(^_^;)

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