80【ヒストリー】

羽田空港

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 羽田空港は都心から近くて とても便利です
  不便な成田空港は 貨物専用空港にして
 旅客は羽田に 集約して欲しいです  (^_^;)
 
東京・羽田空港。
展望デッキの目の前をさまざまな飛行機が轟音(ごうおん)を響かせ飛び立っていく。
方角は同じでも、それぞれ違った軌道を描き、風に翼を乗せていった。
羽田空港の歴史は1931(昭和6)年、53ヘクタールの敷地に1本の滑走路を敷いた「東京飛行場」から始まる。
戦後、米軍に接収されるなどしたが55(昭和30)年に空港ターミナルがオープン。
そして、日本の経済成長、人口増加に合わせ拡張と再開発を重ねてきた。
海外渡航の自由化、ビートルズ来日、ジャンボ初飛行…。
羽田空港はエポックメーキングな出来事の舞台となった。
今や約1500ヘクタールの敷地に3つの旅客ターミナル、4本の滑走路を備え、面積、発着回数、乗降客数いずれも日本最大の空港だ。
国内、国際線を合わせて1日に計約1200回の発着が行われる
朝から夕方まで離着陸する航空機を撮影した。
空気が澄んだ日、午前8時半から午後5時まで、羽田空港の滑走路を離着陸した計70機を、三脚を据えて撮影した。
すべて同じ画角で撮った機体を、その軌道上で1機につき1枚切り抜いて合成してみた。
するとそこには、大空を埋め尽くさんばかりに混雑する首都の玄関口の姿が現れた。
2020年夏、選手や観客がこの空港に降り立ち、東京五輪・パラリンピックへの熱い第一歩を踏み出していく。
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▲1972(昭和47)年の羽田空港

 

雅子さまと黒田清子さん

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 世間的に言えば「嫁と小姑」。清子さんは生まれてからずっと皇室育ち、雅子さまはアメリカ育ちで、バリバリの元キャリアウーマン。ほとんど水と油。皇室の方々だって人間ですから、いろいろあったのかも  (^_^;)
 
11月22、23日と、天皇皇后両陛下は即位に関する一連の儀式を終えたことを伊勢神宮に奉告する「親謁の儀」に臨まれた。
この重要な皇室の行事で、両陛下とともに大役を務めたのが、天皇陛下の妹で伊勢神宮祭主の黒田清子さんだった。
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伊勢神宮を長年取材してきた文筆家の千種清美さんは、親謁の儀に臨んだ清子さんの様子についてこう語る。

「祭主さまは両陛下より早く伊勢にいらっしゃっていました。両陛下が神宮に到着された21日の夜は、両陛下がお泊まりになった内宮の行在所で大宮司、小宮司とともにお迎えになりました。内宮ご参拝後には、両陛下と食事をされたかもしれません」

前出の皇室担当記者は、21日の夜に注目する。

「ご一緒にひとときを過ごされた雅子さまと清子さんにとっては、いわば“和解の夜”になったのではないでしょうか。雅子さまが療養に入られる’03年12月以前から、関係者の間ではお二人の“不和”が囁かれていましたから」

皇室ジャーナリストの渡邉みどりさんもこう話す。

「天皇家に入った“嫁”である雅子さまには、公務でご多忙だった美智子さまに代わり、“小姑”である清子さんが折に触れ、皇室のしきたりや所作などをアドバイスしていたそうです。つまり雅子さまにとって清子さんは恩人ともいえるのですが、あるときを境に円滑なコミュニケーションがなくなってしまったと聞きました」

陛下と雅子さまのご結婚直前だった’93年4月、清子さんは24歳の誕生日に際しての文書回答で、雅子さまについてこう記していた。

《まだゆっくりとお話をする機会はございませんが、自分をしっかりと持っていらっしゃり、ユーモアのある楽しい方のように拝見しております》

義理の姉がやってくることを楽しみにする気持ちが伝わってくる。
ところが雅子さまが療養に入られて以降2005年頃から、雅子さまと清子さんの不和を象徴するような“事件”が次々と報道された。

「山階鳥類研究所に勤務し、バードバンダー(鳥類標識調査員)の資格も持つ清子さんは、研究のために赤坂御用地でカワセミの調査をしていました。早朝からの調査なので、何度か天皇陛下と雅子さまが住む赤坂東宮御所(当時)に泊まらせてもらっていたそうですが、あるときから宿泊の許可が下りなくなったという話を耳にしたことがあります」(前出・渡邉さん)

『週刊文春』(’05年12月29日号)によると、その後、清子さんは秋篠宮邸への宿泊を希望し、「いつでもどうぞ」と歓迎してくれた紀子さまと接近していったという。
また、翌年の『週刊ポスト』(’06年3月3日号)にはこんな記事が載った。
事件が起こったのは両陛下のご結婚3年目の’96年だという。
美智子さまと清子さんが御所でお菓子作りをされたとき、紀子さまは「ご一緒に」と呼ばれたのだが、雅子さまにはお声がかからなかったというのだ。

「チーズケーキ作りがお得意の雅子さまをお呼びにならないのは、いかにも不自然という声も上がりました」(宮内庁関係者)

20年以上も前から、雅子さまと清子さんの間には“緊張関係”があったのかもしれない。
清子さんが伊勢神宮の祭主に就任したのは’17年のこと。“退位特例法”が国会で可決された直後のことだった。

「当時は、次の皇后となられる雅子さまがご公務、特に祭祀へのご出席が難しく、御代替わりへの不安が大きかったのです。伊勢神宮祭主となれば、少なくとも年間30日は伊勢に滞在する必要があり、夫の黒田さんにも負担を強いることになります。それでも清子さんが引き受けたのは、皇室の外から新天皇を支えてほしいという美智子さまの強い願いがあったからなのです」(皇室ジャーナリスト)

一方、今年5月に皇后となられた雅子さまは、5月8日の「期日奉告の儀」、10月22日の「即位礼正殿の儀」、11月14日からの「大嘗宮の儀」、そして、今回の「親謁の儀」と、陛下の即位に関連した大きな宮中行事すべてに出席されている。

「御代替わり後、雅子さまは素晴らしい活躍をされています。目を見張るほどのご回復ぶりといっても過言ではないでしょう。皇室への思いの強さは、雅子さまも清子さんも同じです。宮中祭祀にも真摯に取り組む雅子さまのお姿が、皇室の祭祀を担う清子さんの心を動かしたのでしょう。長年のわだかまりは氷解して、お二人の間に“新しい絆”が生まれたのではないでしょうか」(皇室担当記者)

 

開成高校

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もし一流高校「男子御三家」が、プラモデルを組み立てると、

麻布生……組立説明書は無視、感覚だけで独創的かつ味のある逸品を製作する。

開成生……組立説明書を一言一句しっかり読み込み、精巧で完璧な作品を製作する。

武蔵生……組立の途中で各パーツにのめりこんでしまい、なかなか作品が完成しない。

今回は「開成」を取り上げたい。

東大ナンバーワンの座に38年君臨しつづける開成

開成といえば何といっても東京大学合格者数ナンバーワンを誇ることで全国的に名を馳せ、進学校の頂点に燦然と輝く学校だ。
この栄誉は近年だけのことではなく、1982年以来、実に38年に渡ってナンバーワンの座に君臨するというのだから凄い。
2019年の東大合格186名(浪人を含む)。
なお、第2位は筑波大学駒場が120名である。
前回紹介した麻布が都心の一等地、高級住宅地の中に位置するのとは対照的に、開成は下町情緒漂う場所に存在している。
学校所在地は荒川区西日暮里4丁目。

開成卒業生同士のあいさつは「何組?」

わたしの経営する中学受験専門塾で開成出身の講師がいる。
あるとき、生徒の父親が開成出身だと判明した。そのとき、ロビーで二人のはしゃいだような声が講師室まで響いてきた。

「え!? お父様は何組ですか? わたしは紫組だったのですが」

「わたしは緑組だったのですよ!」

「そうなんですねえ!」

そんなふうに盛り上がっている。
ひとりの卒業生が「色」の意味を教えてくれた。

「運動会本番は8色分の桟敷があって、そこに並んで応援するのです。組ごとに色が決められています。1組が紫、2組が白、3組が青、4組が緑、5組が橙、6組が黄、7組が赤、8組が黒です」


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壇蜜さん結婚!

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 壇密先生の保健体育の授業
  どんなこと教えてるんだろ?  (^_^;)
 
タレントの壇蜜(38)が、『東京都北区赤羽』『ウヒョッ!東京都北区赤羽』などで知られる漫画家・清野とおるさん(39)と結婚することが21日、スポーツ報知の取材で分かった。
「いい夫婦の日」の11月22日に婚姻届を提出した。
 
テレビ局関係者によると、2人は17年3月に放送されたTBS系『櫻井・有吉THE夜会』での共演をきっかけに交際をスタート。
 
壇蜜(だん・みつ)
本名・齋藤支靜加(さいとう・しずか)。
1980年12月3日、秋田県生まれ。38歳。
昭和女子大卒業後に銀座のクラブ、葬儀会社の研修勤務などを経て2009年デビュー。
10年に本名から改名。芸名の壇は仏壇、蜜は供え物を指す。
14歳から始めた日本舞踊は師範の資格を持つ。
レギュラーはNHKラジオ第2「高校講座 保健体育」、文化放送「大竹まことゴールデンラジオ!」水曜パートナー、同「壇蜜の耳蜜」。
身長158センチ。血液型O。
 

天皇皇后両陛下 伊勢神宮ご参拝


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 皇后陛下雅子さまが「お若い」と話題です
  最近はご表情も明るくなられたようで
 とても喜ばしいことだと思います  (^_^;)
 
天皇皇后両陛下は、「即位の礼」と「大嘗祭(だいじょうさい)」が終わったことを伝える儀式として伊勢神宮に参拝するため、21日から三重県を訪問されています。
両陛下が伊勢神宮を参拝されるのは、天皇陛下のご即位後、初めてです。
両陛下は、21日午後0時半前に、JR東京駅の貴賓玄関に到着されました。
両陛下は東海道新幹線のホームで、見送りに来た山東参議院議長などからあいさつを受け、にこやかな表情で一人ひとりとことばを交わし、臨時の専用列車に乗り込まれました。
両陛下が伊勢神宮を参拝されるのは、天皇陛下の即位後、初めてで、歴代天皇に伝わる三種の神器の剣と曲玉が持ち出され、側近の職員によって、列車の中に持ち込まれました。
両陛下は名古屋駅で私鉄の専用列車に乗り換え、午後4時半前に三重県伊勢市の近鉄宇治山田駅に到着されました。
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駅前では詰めかけた大勢の人たちから大きな歓声があがり、両陛下は、笑顔で手を振って車に乗り込まれると、歓迎にこたえながら宿泊先の伊勢神宮の内宮(ないくう)に向かわれました。
沿道では薄暗い中、子どもからお年寄りまで1万人を超える人たちが、手や小旗を振って歓迎し、両陛下の車列は、スピードを落として集まった人たちの前をゆっくりと進んでいました。
両陛下は、午後5時すぎに内宮に到着され、入り口にある宇治橋を車でお渡りになって、宿泊先の行在所(あんざいしょ)に入られました。
行在所では、天皇陛下の妹で伊勢神宮の主な祭りをつかさどる「祭主(さいしゅ)」を務める黒田清子さんらがお出迎えしたということです。
両陛下は22日は伊勢神宮の外宮に、23日は皇室の祖先とされる「天照大神」をまつる内宮にそれぞれ参拝し、「即位の礼」や「大嘗祭」が終わったことを伝えられる予定です。
天皇皇后両陛下を歓迎しようと、伊勢神宮内宮近くのおはらい町では、ちょうちん行列が行われました。
ちょうちん行列は、伊勢市や地元の商工団体などで作る委員会が企画し、およそ2000人の参加者は、21日午後6時半すぎから高さ20センチほどの赤と白のちょうちんを受け取り、道いっぱいに並んでゆっくりと、おはらい町を歩き始めました。
いくつものちょうちんの明かりが揺れる中、参加者は宇治橋に向かって歩いていました。
ことし4月に今の上皇さまと上皇后さまが三重県を訪問されたことを歓迎するために行われたちょうちん行列では、ちょうちんにろうそくが使われていましたが、委員会によりますと、今回は安全対策としてLEDライトを点灯させているということです。
伊勢市の40代の男性は

「昭和、平成、令和と時代の流れを感じながら行列に参加しました。

 令和の時代が明るい時代になってほしいです」

と話していました。

▲現在の上皇さまと上皇后さまを歓迎するちょうちん行列

ことし4月に三重県にて

 

大饗の儀

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 日本人に生まれて良かった!
    令和の御代が
 ステキな時代になりますように  (^_^;)
 
天皇陛下が大嘗祭(だいじょうさい)の中心的儀式「大嘗宮の儀」(だいじょうきゅうのぎ)(14、15日)への参列者を招いてもてなされる饗宴(きょうえん)「大饗の儀」(だいきょうのぎ)が16日、皇居・宮殿「豊明殿(ほうめいでん)」で行われた。
安倍晋三首相や三権の長ら約290人が参加。
皇后さまと秋篠宮ご夫妻をはじめとする皇族方も臨席された。
陛下は正午ごろ、三種の神器のうち剣と璽(勾玉)をささげ持った侍従らと共に会場に入り

「大嘗宮の儀を終え、皆さんをお招きし、

 大饗を催すことを誠にうれしく思います」

とあいさつをされた。
豊明殿では天皇、皇后両陛下のお席の後ろの壁に、大正・昭和・平成の大饗の儀でも飾られた「錦軟障」(にしきのぜじょう)と呼ばれる長さ約9・3メートルの墨絵を配置。
左右の壁には、大嘗宮の儀に米を納めた悠紀(ゆき)地方(栃木県)の那須連山や男体山、主基(すき)地方(京都府)の嵐山や天橋立などの四季の風景と、関連する和歌が描かれた屏風(びょうぶ)が立てられた。
饗宴中は両地方の風俗舞も演じられた。
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参列者の献立は鯛のお造りと尾頭付きなど。
朱塗りの「御台盤」(おだいばん)と呼ばれる両陛下の御膳には、参列者の献立に加えて蒸しアワビなどが並んだ。
大饗の儀は18日も行われる。
 
 

訃報 八千草薫さん

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 昭和のカワイイ系女優として
  最高峰でしたね  (T_T)
 

映画やテレビで幅広い世代に親しまれた女優の八千草薫さんが、今月24日、東京都内の病院で膵臓がんのため亡くなりました。88歳でした。

八千草さんは大阪府の出身で、宝塚音楽学校を経て宝塚歌劇団に入り、昭和26年に本格的に映画デビューしました。

映画「宮本武蔵」や「蝶々夫人」、舞台の「二十四の瞳」など、かれんでひたむきな日本女性の役を演じて人気を集め、一時代を築きました。
 

饗宴の儀


 

 

 
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 とても感動的な一日でした  (^_^;)
 

皇居に虹

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 天照大御神が 天岩戸から
  お出ましになったのかなぁ
 と感じました  (^_^;)
 
「即位礼正殿の儀」が始まった途端、雨がやみ、日が差して青空が見え始め、皇居に虹がかかり、富士山も姿を現した中、祝砲がとどろきました。
 

ウナギイヌ

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 それにしても よく似てますねー
  赤塚不二夫は 天才だと思います  (^_^;)
 
愛知県で14日に閉幕した国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の企画展「表現の不自由展・その後」では、昭和天皇の写真をバーナーで焼き、灰を足で踏み付けるような映像作品などが、公共施設で税金を投入して公開されたことに批判が集まった。
天皇陛下が即位を宣言される「即位礼正殿の儀」が22日に行われるが、明治天皇の玄孫(やしゃご)で作家の竹田恒泰氏は、公開を認めた愛知県の大村秀章知事に

「大村秀章知事は、出席しないでいただきたい」

「大村秀章知事に、皇居の濠を渡る資格はない」

と発信している。
緊急アンケートの結果は、95%

「大村秀章知事は、即位礼正殿の儀に、参列すべきではない!

だった。
回答者からは、さまざまな意見が寄せられた。

《大村秀章知事は、どの面下げて、陛下にお会いになるんですかね?》

《我が身に置き換えて考えました。これが祖父の写真なら許せません》

《愛知県の恥・大村秀章は、これ以上愛知県民に嫌な思いさせるな!》

《大村秀章知事は、厚顔無恥という意味を知っていますか?》

《大村秀章の参列はアカンやろ。ダブルスタンダードやで》

《大村秀章が参列に行って、門前払いが良い》

《次の選挙で愛知県民の怒りを知ることになると思います》

などがあった。