政治

宣言ダイスキ都市

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 よほどお調子者の市長でもいるのか

 あるいは各種団体の要求をそのまま呑んだのか

   「何でもかんでも宣言都市」

   「事なかれ主義宣言都市」

 なんてのも加えたらどうだろう  (^_^;)

 

あなたは自分の住む町や旅行先などで「○○宣言都市」と書かれた看板を見たことはあるだろうか。

これは各自治体が目指す理想や目標などを宣言する「都市宣言」で、特段珍しいものでもない。

しかしツイッターでは、ある街の宣言が話題となっている。

それが上の写真だ。

上下にずらりと並ぶいくつもの看板。

これだけあるとすごい威圧感だ。

どんな宣言があるのか、上から順番に見ていこう。

非核・平和宣言都市
暴力追放宣言都市
交通安全宣言都市
環境宣言都市
部落解放宣言都市
子育て支援宣言都市
健康長寿宣言都市
青少年健全育成宣言都市
スポーツ宣言都市
ポイ捨てのない、清潔で美しい宣言都市
地下水、湧水保全宣言都市

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並んだ看板は合計で11枚。

佐久市長、柳田清二(→)

これらはすべて、長野県佐久市でなされた都市宣言だ。

2020年6月15日、この看板の様子をツイッターユーザーが投稿したところ話題となった。

投稿を見たユーザーからは、

「宣言しすぎやろw」

「1枚くらい勝手に追加しても気付かなさそう」

「欲張り過ぎですね!」

「宣言ブーム来てて草」

など、宣言の数の多さに驚きの声が上がっている。

 

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山尾志桜里 国民民主党に入党

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 野党の離合集散って 結婚に似ているかも~

  判断力の欠如→結婚

  忍耐力の欠如→離婚

  記憶力の欠如→再婚

そのたびに名字(党名)が変わったりします  (^_^;)

 

衆院議員の山尾志桜里(45)は16日、国民民主党に入党届を提出したことを、文書で発表した。

今年3月、立憲民主党を離党してから、立民などが組む会派にとどまりながら無所属で活動していた。

国民へ入党届を提出した理由について、無所属で活動する中で、日本の新たな国家像や社会像の提示が必要と感じていた際に、国民の玉木雄一郎代表の発言に共感したと表明。

「ウィズコロナ時代のあるべき国家像・社会像、

 具体的には『憲法』論や『経済』政策の議論を精力的に進め

 9月をめどにとりまとめていくと発言していました。

 その発言、その姿勢に共感しました」

という。

「いま政治に必要とされているのは、政局ではなく、

 前向きな議論とビジョンの提示」

との考えも示し、それを前進させる柔軟性も不可欠との認識を示した。

「時代が必要とする新しい政策議論・憲法議論の

 一助になれたらと考え、入党申請を決めました」

としている。

山尾志桜里は今年3月、新型コロナウイルス等対策特別措置法改正案(コロナ特措法)の採決に向けた党内の意思決定過程をめぐる党執行部の方針に、疑問を表明。

党方針に反して反対票を投じた上で、離党届を提出。

党側もこれを受理した。

 

 

赤子の手をひねる

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北九州の貧民のセガレ         芦屋のお嬢

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 本物の政治家であり 策士である小池知事にしたら

  インチキ学者の舛添をダマすくらい

 赤子の手をひねる ようなものでしょう  (^_^;)

 

前都知事の舛添要一(71)が、学歴詐称疑惑が取りざたされている小池百合子都知事(67)の過去の発言に

「40年近く、まんまと騙されていた!」

とした。

舛添要一は6/16、ツイッターを更新。

2018年6月の会見で、学歴詐称疑惑を追及された小池都知事の発言を記した記事を引用し、

「小池都知事がカイロ大学を首席で卒業したという話、

 この記事に引用されている記者会見によると、

 小池都知事は『非常に生徒数も多いところでございます』と言っているが、

 私(舛添)には、『学生が一人だったので首席なの』という説明だった。

 40年近く、まんまと騙されていた!」

とつづった。

舛添要一は9日にもツイッターで

「かつて小池都知事から私が聞いたのは、カイロ大学

『首席卒業は、学生が私一人しかいなかったから』

 という話だ」

と、小池都知事との過去のやりとりを明かしていた。

 

大村秀章へのリコール運動

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美容外科「高須クリニック」院長の高須克弥(75)が、愛知県知事の大村秀章(60、→)の解職請求(リコール)運動を起こす。

「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」や、中国コロナウイルスをめぐる大村秀章の対応を問題視する高須克弥は、6/2の記者会見を前に思いを語った。

リコール運動を担う団体として、高須克弥が代表の政治団体「愛知の未来をつくる会」を立ち上げ、愛知県選挙管理員会に届ける。

高須克弥はツイッターで

「英霊を侮辱する作品展を、血税を使って行う大村秀章は、愛知県民の恥だ!」

と投稿。

大村秀章が「東京、大阪は医療崩壊の状態」などと発言したことも「勇み足」と批判した。

リコールは地方自治体の首長や議員を解職できる手続きで、原則として有権者数の3分の1以上の署名で住民投票が実施される。

約86万人の署名が必要とみられる。

高須克弥は6/2、取材にに

「個人の思想は自由だが、愛知県知事には県民ファーストの姿勢が必要だ。

昭和天皇の写真に火をつけるような反日作品は、愛知県民の意思に反する。

財源が限られているのに、他県民も含めた反日活動家への支援を行うなど

愛知県知事としてふさわしくない!」

と話した。

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 愛知県民は なぜこんな人を

  愛知県知事に 選んだんだろう?  (^_^;)

 

読書 町沢静夫「天才の法則」

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精神科医が過去の天才(政治家、文学者、思想家など)を精神分析する

ニーチェ、リルケ、フロイトという3人の天才に深くかかわった女性ザロメに興味がわいた

ヒトラーやスターリンは明らかに精神病者だが、多くの理性的な人々が、このような精神病者に簡単にダマされてしまった歴史的事実が恐ろしい

習近平や金正恩の精神分析もして欲しい!

((((;゚д゚))))

検察官定年延長法案

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実業家のホリエモン堀江貴文(47)が10日、自身のツイッターを更新。

SNS上で広がっている、検察官の定年を延長する検察庁法改正に抗議意思を示す活動について、持論を投稿した。

「#検察庁法改正案に抗議しますとか言ってる奴ら

 むしろ問題なのは検察官起訴独占主義と

 独自捜査権限と人質司法のコンボなのであって

 そこが三権分立を脅かしてること

 知ってるんかいな?」

と反応し、

定年延長なんぞ、些末な事項にすぎぬ!

 そんなクソどうでもいいことに馬鹿は気付かず

 ほくそ笑むのは検察ばかりなり」

と思いをつづった。

続けて

「検察特捜部が独自のシナリオに基づく捜査をして起訴をする。

 両方できるから独善的になりがち。

 人質司法で無理矢理自白調書を作れる。

 結果世論が議員に立法を促し裁判官が忖度する。

 つまり行政、立法、司法のオールマイティとなっているのが検察」

とツイートした。

検察官の定年を延長する検察庁法の改正部分を含んだ国家公務員法改正案を巡っては、検察庁の独立性が安倍政権にゆがめられる危険性を指摘する声が出ている。

ツイッター上では「検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグがついた投稿が多く見られ、著名人も投稿している。

 

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 やはり「体験者」のご発言は 重みがあります

  日本の刑事訴訟制度が かなり特殊であるのは

 知っておくと イザという時に役に立つかも~

  逮捕されてからじゃ 遅いですよ  (^_^;)

はんこ議連

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▲これで本当に78歳? ((((;゚д゚))))

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 ひと言だけでいいから

    不易流行!

 と言って欲しかった  (^_^;)

 

竹本直一IT・科学技術担当相は24日の閣議後の記者会見で、自身が務める

「日本の印章制度・文化を守る議員連盟」(はんこ議連

の会長職について

辞めろと言われれば 辞めても構わない」

と述べた。

政府は新型コロナウイルス対策で在宅勤務を促進。

紙や印鑑を前提とした業務の在り方を見直す方針を示しているが、施策を進めるIT担当相がはんこ議連の会長を務めていることに、一部からは疑問の声が上がっていた。

竹本氏は印鑑を手掛ける業界では、テレワークの広がりではんこ離れが進むとの懸念があるとした上で

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はんこの文化を時代にどう共存させていくか

 を考えなければならない」

と語った。

一方で、竹本氏は

「はんこ業界は山梨県に多い。

 議連には山梨の議員が多く加盟しているが、

 私は(選挙区が)大阪なのであまり関係ない」

とも述べた。

 

山尾志桜里どこへ行く?

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 ←この人との対決

  見たい気がします  (^_^;)

 

新型インフルエンザ等対策特別措置法改正案(新型コロナウイルス特措法)の採決で反対し、立憲民主党(枝野幸男代表)に離党届を提出した衆院議員の山尾志桜里(45)が注目されている。

山尾志桜里は同改正案の採決で、党の方針に従わず造反した後

「賛成ありきの短い党内議論で

 民主的手続きが担保できないのは残念だ」

と枝野執行部を批判。

離党会見では

「反対すると決めて行動した時から

 離党という選択肢はあった」

とし

「国会での議論や立憲主義、民主主義に対する考え方について

 私と党にギャップがある」

と党に三くだり半を突き付けた。

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かつて民進党時代には幹事長に一時内定していたともいわれたが、2017年に週刊文春が男性弁護士とのダブル不倫疑惑を報じ、山尾志桜里は男女関係を否定したが、その後は要職からは遠ざかった。

今年7月の東京都知事選挙では、立民の目玉候補として小池百合子都知事の対抗馬に名前が浮上していたが、離党で出馬の可能性はほぼなくなった。

今後は特措法で同じく反対した「れいわ新選組」山本太郎との連携もささやかれる。

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野党関係者は

「山尾志桜里は小学時代、ミュージカルの初代アニー役を務めたことで知られ、元俳優の山本太郎と合体なら話題を集める。

 れいわは東京育ちに支持者が多く、地元育ちの山尾志桜里は擁立しやすい」

と話す。

東大を出て司法試験合格、検察官を務めた後、当時の民主党代表だった小沢一郎にスカウトされて政界入りした山尾志桜里。

立民議員によると

「民主党が下野すると『民主党でなく自民党に入っていればよかった』と愚痴をこぼした人」

と権力志向は強かったという。

自民党関係者は

「旧民主党からは既に保守系の細野豪志や長島昭久が自民党に入っている。

 山尾志桜里は保守というよりリベラルですが、政界は一寸先が闇。

 急接近してくるかもしれない」

と話している。

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▲野党のみなさん

 

男は弱いよ 金ピカ先生

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派手な格好で羽振りのいいイメージが強かった「金ピカ先生」が孤独死したというニュースは、日本中に衝撃を与えた。
それは、多くの人にとって彼の死に様が他人事に思えぬものだったからに他ならない。

話が嚙み合わない

「ハァ、ハァ、ハァ……早く死にたい」
8月下旬のまだ暑い日、本誌は生前の「金ピカ先生」こと佐藤忠志さん(享年68)を取材し、9月7日号の特集でその変わり果てた姿を伝えていた。
かつて築いた財産をすべて使い果たし、生活保護と、週に2回のデイケアサービスだけを頼りに生きていた佐藤さんの家は電気もガスも止められ、熱気がこもる寝室には、異臭が充満していた。
骨と皮だけのようになった身体にパンツ一枚の姿で、ガラス玉のような両目は、遠くを見つめたまま動かない。
口にするのは近所のコンビニで売られている格安のカップ焼酎と、タバコだけ。息も絶え絶えの様子で焼酎をあおり、ゴホゴホとむせる。
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「山城(新伍)、梅宮(辰夫)、(菅原)文太、あの頃の東映ヤクザ映画は楽しかったですね……」
頭がもうろうとしているのだろう。予備校講師時代の思い出を尋ねても、会話が嚙み合わない。
取材中、佐藤さんの口をつくのは「自分は生きる屍」「何にも関心がない」「早く死にたい」という、絶望に支配された人間の言葉ばかりだった。
そして、この取材からわずか1ヵ月足らずで、佐藤さんは誰にも看取られることなく、たった独りでこの世を去った―。
バブル期に一世を風靡し、最盛期には年間2億円とも言われる収入を得ていた佐藤さんは、なぜこれほどまでにも哀しく、孤独な最期を迎えなければならなかったのか。
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佐藤さんは、’90年代前半にはすでに講師を引退。その後は、知名度を活かしてタレントとして生活していたが、ブームはあっという間に過ぎ去り、収入は講師時代の100分の1以下に。
それでも、かつては毎日のように高級ホテルで食事をし、地方への移動も常にファーストクラスだった佐藤さんの放蕩ぶりは一向に収まらなかった。
「貯金はあっという間に減っていきましたが、決定打になったのは、なけなしのおカネを元手に出馬した’01年の参議院選挙でした。自民党から出馬したものの、落選してしまった」(佐藤さんの友人)
穴埋めのため、予備校講師時代に建てた「豪邸」も売り払った佐藤さんが、中野区内にある実家に妻と共に越してきたのは、いまから5年ほど前のことだった。
「もともと、あの家には佐藤さんの母親が住んでいました。お母さんはハデな人で、ヒラヒラのフリル傘を片手に真っ赤な帽子をかぶったりしていて、佐藤さんの独特のファッションセンスは母譲りだったと思います。
そんな母親が亡くなって間もなく、佐藤さんと奥様が引っ越してきた。あの頃はまだ元気で、『いくらの時計を買った』とか『収入がウン千万円あった』とか、昔の自慢話をよくしていました。でも奥様は常識人でね。いつも腰が低い人だった」(近隣住民)

そして妻は去った…

金遣いの荒さは「金ピカ先生」の異名どおりだった佐藤さんだが、人柄については見た目とは裏腹に穏やかで、人を怒鳴るようなことは一切なかったという。
そして、周囲の人が口をそろえるのは、「人一倍仲の良い夫婦だった」ということだ。
「先生は温泉が大好きで、羽振りの良かった時代はいつも夫婦で伊豆や箱根に出かけていた。そういう旅行も、外食するときも、先生は絶対に奥さんを連れていました。
奥さんはお嬢様育ちで、実家は相撲部屋の後援会会長をしていたほど。先生とは対照的に常に地味な服装で、とても出来た人でした。旦那さんを常に立てていて『うちの佐藤がすみません』というのが口癖でした。
先生はおカネの管理がまったくできない人なので、カネ回りの世話は奥さんがぜんぶやってあげていました。誰かとご飯を食べるときはいつも先生の奢りなので、奥さんの鞄には100万円の束が入っていた。
先生が、講師を辞めてあまりおカネがなくなってからも、奥さんが先生のもとを離れることはありませんでした。10年ほど前に先生が脳梗塞で倒れた直後も、奥様は献身的に世話をして、きっちり断酒を成功させていました」(前出・佐藤さんの友人)
仕事以外のことはまるで何もできない夫と、半歩後ろを歩きながら身の回りを甲斐甲斐しく世話する妻。
典型的な「昭和のおしどり夫婦」の関係に亀裂が走ったのは、実家に移ってから2年ほどが経ち、夫婦の生活が本格的に困窮してからのことだった。
相変わらず近所の飲食店に行くにもタクシーを利用するような佐藤さんの暮らしぶりに妻は呆れ果て、二人の間には喧嘩が絶えなくなった。
ついには「死ぬまで住み続けていい」という条件のもと、知人に自宅を売り払い、そのカネで高級外車を買おうとした佐藤さんに妻の怒りは限界に達した。’17年のある日、突然家を出ていってしまう。
そこから、佐藤さんは死に至る孤独な日々を過ごすことになる。
〈もう女房に未練ないし〉
〈(独りで生きる余生は)バラ色ですよ、ずっと〉
昨年の夏に『スポーツ報知』の取材を受けた際には、以前の威勢の良さがまだ残っていた。だが、それは精一杯の強がりだった。
プライドと見栄の塊だった佐藤さんは、実入りが減って人に奢ることができなくなってからは、次第に友人たちとも没交渉になっていったという。きっと、「みっともない姿は見せられない」と思っていたのだろう。
そんな佐藤さんにとって、妻はありのままの姿をさらけ出すことのできる、唯一の相手だった。
その「たった一人」を失った瞬間から、佐藤さんの本当の苦しみが始まった。
誰もいない部屋で、話し相手もなくタバコをくゆらせながらぼんやりと過ごす毎日。
「過去の人」になっても、カネがなくなっても、病気になっても、多くの人が離れていっても、それでもそばにいてくれた妻が、ついにいなくなってしまった。
〈自分の人生には、もうなにひとつとして残されていない〉
決して取り返すことのできない過ちに気づいたとき、佐藤さんが感じた絶望はいかばかりだっただろうか。

「全部オレが悪い」

気づけば、すっかり自暴自棄になり、心の痛みを少しでも紛らわそうと、朝から晩まで大量の酒をあおるようになった。
そして、昨年の秋には、デイケアサービスがないと生活できないところまで体調が悪化した。
デイケア施設の関係者が言う。
「地域包括支援センターの職員が様子を見に行った結果、『もう一人では生きられないから、サービスが入ったほうがいい』という判断になりました。
担当のヘルパーが佐藤さんの家に初めて足を踏み入れたとき、中は荒れ放題で、床のそこかしこに落ちたゴミが異様な臭いを放っていた。
できる限りのことはしようと思いましたが、当のご本人が生きる意欲をまったく持てなかった。当初はコンビニでサンドイッチなどを買っていましたが、次第に食べることすらやめてしまった」
電気もガスもつかない真っ暗な家のなかで、服をまとわぬ佐藤さんはじっと虚空を見つめ、微動だにしなかった。
このときの様子を「恐らく、完全な『自己放任』状態だったのではないか」と語るのは、遺品整理業「あんしんネット」の石見良教氏だ。
「『自己放任』は社会から孤立していた人が、死別や離婚で唯一の心の拠りどころだった人を失ったり、病気などの負の出来事に見舞われたりして、孤独に耐えられずに自暴自棄になってしまうことです。
とりわけ、佐藤さんのように子供のいない高齢男性はその傾向がより顕著になる。普通、人間は生ゴミの臭いに耐えられず片付けたくなるものですが、毎日ボーッと過ごしているうちに感覚が麻痺して、それが異常であることにすら気づかなくなってしまう」
すでにほとんど会話することさえままならなくなっていた佐藤さんだが、時折、妻への気持ちをこぼしていたという。
「よく言っていたのは『こうなったのも全部オレが悪いから仕方ないよな』と。もとから、奥さんの悪口を言うのは聞いたことがありませんでした。
自分が悪かったというのは重々わかっていたと思います。ごくたまに奥様が訪ねてくることがあったようで、そのときは嬉しそうに話していました」(前出・施設関係者)

男は弱い

羽振りが良かった時代を忘れられず放蕩を続け、すべてを頼り切っていた妻に愛想を尽かされる。
佐藤さんの辿った末路を、「自業自得」の一言で片付けるのは簡単だ。
しかし、どんな形にせよ、すべての夫婦に離別のときはやってくる。佐藤さんが襲われた絶望は、誰にとっても決して他人事ではない。
「連れ合いと離れた後、女性は『独りで生きなきゃ』と覚悟を決めて強くなる場合も多いのですが、男性の場合は、一気に弱ってしまう人が少なくありません。
近所付き合いや友人付き合いの多い女性にとって、夫は『たくさんある人間関係の一つ』に過ぎませんが、定年後に仕事関係のお付き合いがなくなった男性にとっては、奥さんとの関係は唯一無二のもの。
死別や離婚でそれが失われると、どうしていいかわからず、ただ呆然と立ち尽くしてしまうのです」(ケアマネージャーオフィス「ぽけっと」代表の上田浩美氏)
自分では何もできない男が独りになったときに襲われる、どうしようもない孤独。
人知れず最期を迎えた瞬間、佐藤さんがせめて絶望から解放されたことを願ってやまない。

「週刊現代」2019年10月12・19日合併号より

 

年には勝てない

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 後継に道を譲らず ひたすらポストにしがみつく
  醜い認知症ボケ老人もいるようですが
 こうゆう清々しい引退劇も あるんですね~  (^_^;)
 
山梨県甲州市の田辺篤市長(74)が27日、市議会議長に辞表を提出し、受理された。
物忘れなどを理由に挙げ、来年1月末で辞職する。
市長選は2月上旬に実施される公算が大きい。
辞表提出後に記者会見し、

「年を取りしんどくなった。年には勝てない」

と語った。
特定の病気は否定したが、疲れや物忘れが目立つようになったと説明。

「30分前の話を忘れることもあり、妻から気をつけた方がよいと言われるようになった」

と明かした。
決断時期については、

「選挙のこともあり、4月までには新しい市長が誕生していないと(いけない)」

と話し、年度の区切りを考慮したという。
新年度予算については「骨格予算」との方針を示した。
現在4期目で、任期を2年近く残した辞職になる。

「自分ではそれなりのことはやってきた」

と市政運営を振り返った。後継については

「やりたい人が何人もいるので、あえて言いません」

と明言しなかった。
田辺氏は県議や旧塩山市長を経て、2005年の合併で誕生した甲州市の市長選で当選。
17年11月に4選された。