

高校卒業後 集団就職で上京 段ボール工場で現場労働
田中角栄以来の 純粋なたたき上げですね
御曹司ばかりの政界に 風穴を開けて欲しい (^_^;)
平成に代わる新元号「令和(れいわ)」を発表した菅義偉(すが・よしひで)官房長官(70)の認知度が高まり、「ポスト安倍」候補に急浮上している。
産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)が6、7両日に行った合同世論調査では、菅氏は次期首相候補として衆院予算委員長の野田聖子(58)らを上回る支持を集め、一定の存在感を示した。
調査を細かく分析すると、「令和おじさん」がどんな人たちに支持されているのかが見えてくる。

今回の調査では、安倍晋三首相(64)の次の首相として誰がふさわしいと思うかを尋ね、候補として、自民党の石破茂元幹事長(62)▽加藤勝信総務会長(63)▽岸田文雄政調会長(61)▽小泉進次郎厚生労働部会長(37)▽河野太郎外相(56)▽菅氏▽野田氏▽茂木敏充経済再生担当相(63)▽立憲民主党の枝野幸男代表(54)▽国民民主党の玉木雄一郎代表(49)-の計10人を上げた。
その結果、小泉氏がトップとなる25・9%の支持を集め、石破氏が20・7%と続いた。
菅氏(5・8%)は、岸田氏(8・4%)に続く4位にランクイン。
昨年10月の調査では2・7%で6位だったが、支持率を倍増させ、順位も上げた。
自民党支持層に限っても、菅氏は9・4%の支持を集め、小泉氏(22・8%)、石破氏(18・6%)、岸田氏(13・9%)に次ぐ4位となった。
さらに調査結果を性別・年齢別にみると、「ポスト安倍」に菅氏を望む声は女性より男性に多く、特に40代(14・4%)、30代(13・9%)、10~20代(11・4%)の男性で人気が高かった。

官房長官・定例記者会見における
東京新聞・望月イソ子との絶妙なやりとりが
夫婦漫才みたいで面白いです (^_^;)
政治
マック赤坂 港区議に当選


14回目の出馬で ついに初当選!
がんばっていただきたいです (^_^;)
2017年の東京都議会議員選挙を含め、国政選挙などに13回、立候補したマック赤坂氏(70)が、21日投開票の東京都港区議会議員選挙で、当選が確実になった。

マック赤坂氏は
「私は残りの人生のすべてをかけて今般の統一地方選、港区議会選挙に最後の挑戦をする決意をいたしましたことをここに表明します」
と最後の選挙と覚悟を決めて立候補していた。
深夜0時40分の段階で1144票を獲得し、34議席中30位で当選確実の一報が入った。
マック赤坂氏は
「まだ、ちょっと信じられない。最終確定までは本当かな? という感じですけど当確…平成の最後にビッグニュースがきたね」
と、14回目の挑戦で、初の当選確実に驚いていた。
石川富美代さん出馬&当選 石川祥一による石川哲久さん殺害事件

千葉県木更津市の自宅で3月に石川祥一によって殺害された市議石川哲久さん(71)の妻で、会社役員の石川富美代さん(64)が、4月21日投開票の市議選に無所属で立候補する意向を固めた。
石川富美代さん本人が26日、取材に明らかにした。
「主人の思いを引き継ぎ、健康福祉の充実を訴えたい」としている。
石川富美代さんは堺市出身で、1973年に大阪府職員となり、福祉や建築関連の部署に勤務。
石川哲久さんとの結婚を機に2000年2月に退職した。
木更津市議選には、定数24を上回る候補者が出馬する見通し。
石川哲久さんは今月9日、自宅マンションで殺害された。
県警が翌10日、殺人容疑で娘婿の石川祥一容疑者(44)=岡山市=を逮捕した。
市関係者によると、石川哲久さんは一時、石川祥一後継指名していたが、家庭内のトラブルなどがあり、自身が出馬することにしていた。
21日投開票された千葉県木更津市議選(定数24)で、3月に殺害された同市議の石川哲久氏(71)の後継候補として無所属で出馬した妻の石川富美代氏(64)が初当選した。

八重桜を見る会

18200人をオモテナシするのって
すごく大変だろなぁ
お疲れさまでした! (^_^;)
安倍晋三首相は13日午前、東京・新宿御苑で恒例の「桜を見る会」を開いた。
各界の著名人約1万8200人が出席した。
八重桜が満開となった新宿御苑に、安倍首相はピンクのネクタイ姿で登場。
安倍首相は、東日本大震災をめぐる失言で前五輪相の桜田義孝氏が更迭に追い込まれたことなどを念頭に
「後半国会も身を引き締めて臨んでいかなければならない」
と述べた。
安倍首相は震災からの復興に向けて
「被災者の皆さんが安心して暮らせる生活を取り戻せるように全力を尽くす」
と強調した。
また、5月1日に令和に改元することに触れ、
「一人一人の花が咲き誇る時代にしていきたい」
と述べた。
恒例となっている安倍首相自作の俳句は
「平成を 名残惜しむか 八重桜」
「新しき 御代寿ぎて 八重桜」
と2句を披露した。

▲ももクロに囲まれた安倍ちゃん
北海道知事 元夕張市長の鈴木直道氏


偉そうに批判するだけの評論家タイプより
現場で泥をかぶって実行して
ちゃんと実績を出した人物を
有権者は信用しますよね (^_^;)
北海道知事選挙は、元夕張市長の鈴木直道氏(38)が初当選。
自民党、公明党、地域政党の新党大地が推薦した元夕張市長の鈴木直道氏が、立憲民主党、国民民主党、共産党、自由党、社民党が推薦した元衆議院議員の石川氏を抑えました。
鈴木直道氏は埼玉県出身。東京都庁に入り、財政破綻した夕張市に応援職員として派遣されたあと、平成23年の夕張市長選挙に当選し、市長を2期務めました。
選挙戦で鈴木氏は「ピンチをチャンスに」をキャッチフレーズにして、夕張市長として財政再建に道筋をつけたとする実績を強調するとともに、道外から投資を呼び込んで地域を活性化させると訴えました。
そして推薦を受けた自民・公明両党の支持層を固めたほか、支持政党を持たない無党派層にも支持を広げ、初めての当選を果たしました。
鈴木氏「人口減少問題に総力あげて取り組む」
鈴木氏はインタビューに対し、
「北海道には多くの課題やピンチがあるが、それを活力に変えてチャンスにできると訴えてきた。夕張市は全国唯一の財政再生団体で、人口減少、少子高齢化、財政難の中、地域の再生と財政の再建を両立させてきた。その経験は知事になっても生かせると考えている。人口減少問題に対し、国、北海道、市町村が総力をあげて取り組んでいかなければならないと」
と述べました。
自民党の北海道連の会長を務める吉川農林水産大臣は
「北海道179市町村の皆さんから支援をいただき、お礼を言いたい。鈴木新知事が北海道の新しい1ページを開いてくれると思う。これからもみんなで支えていこう」
と述べました。
自民 甘利選対委員長「陣営が結束できた」
自民党の甘利選挙対策委員長は北海道知事選挙について党本部で記者団に対し、
「候補者がよかったことと、そのよい候補者のもと、陣営が一糸乱れぬ結束ができた。そのことが勝利につながった」
と述べました。
立民 長妻選対委員長「一歩及ばず惜敗(せきはい)の結果」
北海道知事選挙で石川氏を推薦した立憲民主党の長妻・選挙対策委員長は
「残念ながら、一歩及ばず、惜敗の結果となった。今回の北海道知事選挙を糧として、地域の多様な声とつながり、現場の切実な声に根ざしたボトムアップの政治で、新たな未来をつくる取り組みを進めていく」
野党は何も分かってないですね~
162万対96万は「惜敗」ではなくって
「惨敗」と呼ぶんですよ! (^_^;)
惜敗(せきはい)わずかの差で負けること。
惨敗(ざんぱい)ひどい負け方をすること。
その他の泡沫野党のコメントは省略。
一夜明けて…
一夜明けた8日、鈴木直道氏は札幌市中央区にある事務所を訪れ、神棚に手を合わせたあと、当選を報じる新聞に目を通しました。
このあと、記者団に対し、7日夜から8日にかけてテレビ番組への出演などで1時間しか寝られなかったことを明かしたうえで
「当選を報じる新聞をみて実感が湧いてきました。『しっかりやるぞ』という燃え上がる思いも出てきて疲れは吹っ飛びました」
と語りました。そして、鈴木氏は
「これからやるべき事、やらなければならない事がたくさんあります。就任後にスタートダッシュできるよう政策づくりや体制構築の準備を進めたい」
と述べました。
藤田直躬 藤田知樹 逮捕 三重県議選
三重県警捜査2課などは2日、4月7日投開票の三重県議選で、知人に選挙運動の報酬として現金を支払ったなどとして、公選法違反(買収、事前運動)の疑いで、大工、藤田直躬容疑者(71)=同県鈴鹿市国府町=と、孫で大工の藤田知樹容疑者(21)=同=を逮捕した。
同課によると、藤田直躬 藤田知樹は鈴鹿市選挙区から立候補した候補者の運動員だった。
藤田直躬 藤田知樹の逮捕容疑は2月23日~3月30日、県内で知人ら計10人に、選挙運動の報酬として1時間当たり千円程度、または1日約1万円を支払うことを約束。
このうち7人に対し、4月8日までに鈴鹿市内で計約30万円を支払った疑い。
10人は知樹容疑者の知人の10~20代の男性で、街頭演説する候補者の隣で手を振るなどしたという。
中村喜正 北向敦 和田忠 逮捕 青森県議選
4月の青森県議選をめぐり、候補者の陣営関係者から現金を受け取ったとして、同県三戸町議会議員、中村喜正 北向敦 和田忠が県警に公職選挙法違反(被買収)容疑で2日に逮捕された。
関係者によると、候補者は三戸郡区で初当選した沢田恵(さとし)氏(61)。事件の背景には、地盤が地元町村で分かれがちな郡部の選挙に対する陣営の危機感がありそうだ。
青森県議選めぐり数万円受け取った疑い 町議3人逮捕
この日午前7時ごろ、逮捕された町議の1人の自宅には捜査員が出入りしていた。
八戸署には青森ナンバーの捜査車両が集まっており、任意同行を求められた町議らの聴取が行われたとみられる。
県警の発表によると、逮捕された町議は、中村喜正(67)、北向敦(61)、和田忠(63)の3容疑者。
中村喜正 北向敦 和田忠は2月ごろ、いずれも県議選候補者の陣営関係者で三戸町の無職小舘敏夫(69)、農業越後一雄(74)の両容疑者=同法違反(買収、事前運動)容疑で同日逮捕=から選挙運動の報酬として現金数万円を受け取った疑いがある。
三戸郡区は、三戸、五戸、田子、南部、階上の5町と新郷村からなる。今回の県議選では定数3に対し地盤が三戸町の沢田氏、南部町の現職夏堀浩一氏(65)と新顔夏堀嘉一郎氏(44)、五戸町の新顔和田寛司氏(56)の計4人が立候補した。
4人の地元3町の有権者数を比較すると、五戸が約1万5100人、南部が約1万5900人なのに対し、三戸は約8800人。有権者数が少ない三戸町出身の沢田氏が当選するためには、「最低限、三戸の票は固める必要があった」とある三戸町議は言う。
沢田氏は07年と11年の県議選三戸郡区に現三戸町長の松尾和彦氏(55)とともに立候補したが、いずれも3位で当選した松尾氏に及ばず落選した。別の三戸町議は「今回の選挙、陣営には厳しい空気があった」と明かす。
県議には県と地元とのパイプ役が期待されているが、松尾氏が任期途中の2016年に県議から町長に転身。そのため三戸町は約2年半にわたって「県議不在」の状態が続いており、沢田氏の当選は陣営側の悲願だった。
結果として沢田氏はトップ当選の夏堀浩一氏に次ぐ7186票を獲得したが、落選した夏堀嘉一郎氏と約370票差の接戦だった。
事件を受け、沢田氏は2日夕、取材に対して「(陣営側は)労務費として現金を支払ったと聞いている。選挙管理委員会にも確認し、問題ないと思っている。なぜ警察が逮捕したのか分からない」と話した。
新元号は「令和」


昭和に続いて「和」が入りましたね
和を以って貴しと為す
聖徳太子の素晴らしい理想です (^_^;)
日本政府は1日午前の臨時閣議で、新しい元号を「令和」に決めた。
「れいわ」と読む。
菅義偉官房長官が記者会見で公表した。
出典は日本の古典「万葉集」とした。
中国古典(漢籍)ではなく日本の古典から採ったのは確認できる限り初めて。
今上天皇陛下の退位に伴い5月1日午前0時から新元号「令和」に切り替わる。
平成は1989年1月8日からの30年4カ月で幕を閉じる。
関係者によると、政府は元号に関する懇談会などで「令和」を含む計6案を提示した。
中国古典を出典とする案もあったという。

令和は万葉集巻五、梅花の歌三十二首の序文、
「初春の令月にして気淑く風和ぎ、
梅は鏡前の粉を披き、
蘭(らん)は珮(はい)後の香を薫らす」
から引用した。
新元号公表後、安倍晋三首相は記者会見で談話を発表し、令和について
「人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つ、
という意味が込められている」
と説明した。
出典とした万葉集に関しては「我が国の豊かな国民文化と長い伝統を象徴する国書だ」と述べた。
西田博貴 仲西富士夫 公職選挙法違反(選挙の自由妨害)
29日に告示された大阪府議選の候補者のポスターにシールを貼ったとして、大阪府警は29日、大阪市東住吉区役所の非常勤職員、西田博貴容疑者(32)=同府八尾市=を公職選挙法違反(選挙の自由妨害)容疑で現行犯逮捕し、発表した。
西田博貴は容疑を認めているという。
捜査2課によると、今回の統一地方選で同容疑での逮捕者は西田博貴が全国初。
西田博貴の容疑は29日午後1時40分ごろ、八尾市光町の公営ポスター掲示場で、府議選の候補者3人の選挙用ポスターにシールをそれぞれ1枚ずつ貼ったというもの。
また府警は同日、大阪市北区の路上で、大阪市長選候補者の応援演説中だった男性の胸ぐらをつかんだなどとして、無職の仲西富士夫容疑者(51)=大阪市城東区=を同容疑で現行犯逮捕した。
男性にけがはなかった。
仲西富士夫は容疑を認めており、呼気からはアルコールが検知されたという。
陛下のお言葉
天皇陛下の「御在位30年記念式典」が24日、東京都内で行われ、陛下は、皇后さまと一緒に歩んだ平成の30年間を、時折、声を震わせながら振り返られた。
陛下のお言葉
在位30年にあたり、政府ならびに国の内外から寄せられた祝意に対し、深く感謝いたします。
即位から30年。
こと多く過ぎた日々を振り返り、今日、こうして国の内外の祝意に包まれ、このような日を迎えることを誠に感慨深く思います。
平成の30年間、日本は、国民の平和を希求する強い意志に支えられ、近現代において初めて戦争を経験せぬ時代を持ちましたが、それはまた、決して平たんな時代ではなく、多くの予想せぬ困難に直面した時代でもありました。
天皇として即位して以来、今日まで、日々、国の安寧(あんねい)と人々の幸せを祈り、象徴として、いかにあるべきかを考えつつ過ごしてきました。
しかし、憲法で定められた象徴としての天皇像を模索する道は、果てしなく遠く、これから先、私を継いでいく人たちが、次の時代、さらに次の時代と、象徴のあるべき姿を求め、先立つこの時代の象徴像を補い続けていってくれることを願っています。
天皇としてのこれまでの務めを、人々の助けを得て行うことができたことは、幸せなことでした。
これまでの私のすべての仕事は、国の組織の同意と支持のもと、初めて行い得たものであり、私がこれまで果たすべき務めを果たしてこられたのは、その統合の象徴であることに誇りと喜びを持つことのできる、この国の人々の存在と、過去から今に至る長い年月に日本人がつくり上げてきた、この国の持つ民度のおかげでした。
災害の相次いだ、この30年を通し、不幸にも被災の地で、多くの悲しみに遭遇しながらも、けなげに耐え抜いてきた人々、そして、被災地の哀(かな)しみをわがこととし、さまざまな形で寄り添い続けてきた全国の人々の姿は、私の在位中の忘れ難い記憶の1つです。
平成が始まってまもなく、皇后は、感慨のこもった一首の歌を記しています。
ともどもに 平(たひ)らけき代を 築かむと 諸人(もろひと)のことば 国うちに充(み)つ
平成は、昭和天皇の崩御とともに、深い悲しみに沈む諒闇(りょうあん)の中に歩みを始めました。
そのような時でしたから、この歌にある「言葉」は、決して声高に語られたものではありませんでした。
しかし、このころ、全国各地より寄せられた、「私たちも皇室とともに平和な日本をつくっていく」という、静かな中にも決意に満ちた言葉を、私どもは、今も大切に心にとどめています。
在位30年にあたり、今日、このような式典を催してくださった皆さまに厚く感謝の意を表し、ここにあらためて、わが国と世界の人々の安寧と幸せを祈ります。

