沢口靖子と浜辺美波が3月22日、東京・日比谷ゴジラスクエアで行われた「新・ゴジラ像」除幕式に、チーフ・ゴジラ・オフィサーの大田圭二氏、東宝の島谷能成社長とともに出席。
沢口らが幕を引くと、“怪獣王”の雄叫びが響き渡り、勢いよく噴出された白煙のなかから「シン・ゴジラ」に登場したゴジラをベースとした像が姿を現した。
今回新たに設置された「新・ゴジラ像」は、全長約3メートル(約0.5メートルの台座を含む)、全体立体のゴジラ像としては最も巨大なもの。
「ゴジラ(1954)」の関係者への感謝の気持ちを込めて、2017年8月に死去したスーツアクター・中島春雄氏のサイン入り決定稿、平成ゴジラシリーズの特技監督として活躍した故川北紘一氏が保管していた撮影当時の絵コンテが内部に納められている。
また、台座のプレートには、「シン・ゴジラ」で長谷川博己が演じた矢口蘭堂の「人類は、ゴジラと共存していくしか無い。」というセリフが刻まれている。
島谷社長は「(『新・ゴジラ像』を)ぜひ皆さんに愛していただきたい。日比谷の守り神であり、映画の守り神のような存在になってくれればいいなと心から願っております」と思いの丈を述べていた。
30年前に行われた日比谷シャンテ開業式にも参加した沢口は、「『新・ゴジラ像』が日比谷に上陸しました。本当に迫力があって、今にも動き出しそうですし、私は親しみを感じています。この『新・ゴジラ像』が、日比谷の新たなシンボルになることは間違いないと思います」と迫力の造形に興奮を隠せない様子。
浜辺は「私は事務所に入って、勉強する際に『ゴジラ』の映画を見ました。とても憧れがある作品ですし、今回映画ではないですが、除幕式に参加出来てとても嬉しいです。沢口さんのように、このゴジラに親しみを感じるためにも、これからこの像を見て過ごしていきたいなと思います」と胸中を吐露していた。
この日は除幕式に合わせて、3月29日にオープンする新商業施設・東京ミッドタウン日比谷の内覧会も実施され、全13スクリーンの「TOHOシネマズ日比谷」がお披露目された。
95年の「ゴジラVSデストロイア」に合わせて制作され、「合歓の広場」のランドマークとして親しまれてきた「旧・ゴジラ像」は、同館に移設されており、広々としたフロアのシンボルとしてひと際存在感を放っていた。
また、TOHOシネマズ初の「TOHOシネマズ プレミアム シアター」(1番スクリーン)も公開され、TOHOシネマズ独自規格による巨大スクリーン「TCX」、コンサートホールのようなサウンドをシアターの形状に最適化し良質な音響空間を実現する「カスタムオーダーメイドスピーカーシステム」、革製のリクライニングシートが特徴の「プレミア ラグジュアリー シート」の全貌も明らかになった。
30年前にも参加って いまいくつなんでしょ?
まったく老けない 沢口靖子 (^_^;)
40【カルチャー】
訃報 大杉漣さん 映画「シン・ゴジラ」首相役
俳優の大杉漣(おおすぎ・れん)さんが21日午前3時53分、急性心不全で死去した。
66歳だった。告別式は近親者で行う。
大杉さんは20日、千葉県内でテレビ東京系の連続ドラマ「バイプレイヤーズ」の撮影に参加。
同局によると、同日深夜、宿泊先で腹痛を訴えて病院に運ばれ、共演者やスタッフに見守られ、息を引き取ったという。
徳島県出身。1974年、沈黙劇で知られた劇団「転形劇場」に入団。
93年、オーディションに合格して北野監督の「ソナチネ」に出演。
一躍注目を集め、98年公開の同監督の「HANA―BI」や崔洋一監督の「犬、走る DOG RACE」などが高く評価されて多数の助演男優賞に輝いた。
すごみのある悪役から人間味あふれる父親役まで、多様な役柄を自在に演じ分けた。
2016年の映画「シン・ゴジラ」には首相役で出演した。
60代の訃報に接すると
なんかギクリとします (T_T)
音楽の好みは14歳で決まる
私たちの音楽の好みは14歳の時に聴いた音楽によって形成されていることが、新たな研究により明らかになった。
『NY Times』によると、リスナーの生まれた年が音楽の好みを左右しており、14歳の時に聞いた音楽が私たちの音楽の好みに最も重要な影響を与えるとのこと。
今回おこなわれた、Seth Stephens-Davidowitzによる音楽の好みに関する研究。
Spotifyのデータをもとに人々の聞く音楽を分析した結果、10代の時聞いた音楽が、その後の音楽の好みに最も大きな影響を与えることが判明した。
1960年~2000年のBillboardのチャートを調査し、それを年齢別の選曲ランキングと照らし合わせて分析。
男性の場合は13~16歳の間にリリースされた曲が、大人になってからの音楽の好みに大きな影響を与えるとのこと。
平均すると、男性の最も好きな曲は、14歳の時にリリースされた曲であることが多いそうだ。
女性の場合は男性より少し早い。
11~14歳の時に聞いた音楽の影響が大きく、平均13歳の時にリリースされた曲が最も好きな音楽になるという。
女性のほうが男性より幼少期に受ける影響が大きいらしく、好みを形成する年は思春期の終わりと重なることが明らかになった。
記事ではRadioheadの”Creep”が例として挙げられた。
1993年にリリースされた”Creep”は38歳の男性の最も聞く音楽ランキングで164位。
年齢が10歳前後すると”Creep”はトップ300にもランクインしなくなる。
また、1987年にリリースされたThe Cureの”Just Like Heaven”が再生数ランキングで最も上位にくるのは41歳の女性のチャート。
これは彼女たちが11歳のときにリリースされた曲である。
20歳のときに聞く音楽は10代の時に聞いた音楽の半分ほどの影響力しかないそうだ。
研究結果についての記事全文はこちら。
心にジーンと来るのは
フォークソングです (^_^;)
有賀さつきアナ 急逝
明るく奔放なキャラクターで「女子アナブーム」の火付け役となった元フジテレビアナウンサーの有賀さつき(ありが・さつき)さんが死去していたことが4日、分かった。52歳。東京都出身。
取材では1月末に他界。詳しい死因などは明らかになっていないが、昨年から闘病していたという。
アイドルアナの先駆者らしく病気を公表せず、最後まで笑顔でテレビに出続けた。
あまりに早い旅立ちだった。有賀さんは4日未明の日本テレビの通販番組「日テレポシュレ」にも昨年収録済みの映像で出演していただけに、衝撃は大きい。
昨年10月、テレビ朝日「あいつ今何してる?」に都立九段高の同級生らと出演した際には、いつもと変わらない明るい表情を見せていたものの、青春時代を懐かしんで涙するシーンも。
親友だった同級生に「アリ、頑張ってね」と言葉をかけられた時、歩んできた人生の思いが交錯したのか、人目をはばからず、大粒の涙を流していた。
本紙の取材では、有賀さんは先月末に亡くなった。
死因や葬儀日程など詳細は明らかになっていないが、元夫でフジテレビ解説委員を務めた和田圭氏(65)には訃報が伝えられている。
有賀さんは都立九段高校時代から、1メートル70の長身と持ち前の美貌で、同級生が「他校から見に来る生徒がいた」と伝説を語るほどのマドンナ的存在だった。
88年にフジテレビ入社。同期の河野景子(53)、八木亜希子(52)両アナウンサー(当時)とともに「花の三人娘」と呼ばれた。
中でも有賀さんはアイドルアナの先駆けとなった。華やかなルックスだけでなく、当時絶好調だったフジが掲げた「楽しくなければテレビじゃない」を体現するチャーミングな言動で絶大な支持を得た。
その象徴となったのが“旧中山道事件”だ。
91年に出演番組「上岡龍太郎にはダマされないぞ!」で、他局の女子アナが「いちにちじゅうやまみち」と読み間違えたことを取り上げた際「この“きゅうちゅうさんどう”ですよね」と自分も間違える想定外の展開にスタジオは大爆笑。
女子アナのタレント化は民放全体に広がっていった。
電撃退社もいまや伝説。92年にわずか4年でフジテレビを去り、フリーに転身。
いきなりテレビ朝日の看板番組「ミュージックステーション」でサブ司会を務めるなど、フリーになった女子アナが芸能界でも活躍できる道を開いた。
私生活でも奔放さを見せた。95年に芸能事務所社長との不倫が発覚。会見で「ご家庭があって申し訳ないという気持ち以上にどうしようもない愛を感じる」と発言し世間の注目を集めた。
その後02年にかつて上司だった和田氏と結婚、同11月には長女をもうけるが06年に離婚。「夫婦だったけど上司だった」「彼とは言語が違った」の率直な言葉でまたも世間の度肝を抜いた。
突然の悲報も衝撃。最後まで人々を驚かせる華やかな人生だった。
有賀さつき(ありが・さつき)1965年(昭40)9月9日、東京生まれ。5歳から8歳まで米ニューヨークで育つ。フェリス女学院1年時の84年に、文化放送「ミスDJリクエストパレード」に出演し、放送業界に関わる。漢検準1級などの資格を持ち、昨年7月のフジテレビ「ネプリーグ」で「喇叭(らっぱ)」という漢字を正確に書いてみせた。
日劇が消える
「日劇」の愛称で80年以上親しまれてきた東京都千代田区有楽町の映画館「TOHOシネマズ 日劇」が2月4日に閉館する。
同館は、これまでの感謝の思いを込め、名作映画約60作品を閉館日まで上映している。
同館は、商業ビル「有楽町マリオン」の上層階で3スクリーン計2136席を営業する映画館。
1933年に「日本劇場」として開業し、映画だけでなく舞台でのダンスショーなども行った。
経営主体が変わったり、1980年代に建物を建て替えたりしても、「日劇」の名称は残されてきた。
1984年公開の映画「ゴジラ」では、マリオンがゴジラに破壊されるシーンとして登場するなど、映画ファンにとってもなじみの深い場所となってきた。
TOHOシネマズは、今年3月に開業する近隣の大型複合施設「東京ミッドタウン日比谷」に、13スクリーン約2800席の映画館「TOHOシネマズ 日比谷」を開業することから、日劇の閉館を決めた。
使わなくなったスペースは貸しホールなどに活用する。
同館は「国内外の多くの名作が上映された歴史を最後に伝えたい」と特別イベントの実施を決定。
ゴジラや「ターミネーター」などを、スクリーンごとに1日3~4作品上映。
2月2、3日には「踊る大捜査線」や「バック・トゥ・ザ・フューチャー」などのシリーズ作品を夜通し上映する。
また、3、4日には「Shall we ダンス?」の周防正行監督ら映画関係者によるトークショーも行われる。
TOHOシネマズの担当者は「この地で支えてくれた多くのお客さまに楽しんでもらえる期間にしたい」としている。
料金は一部を除き1100円。
上映スケジュールやチケットの購入は、TOHOシネマズのホームページから。
日比谷に「発展的移転」
ということですね (^_^;)
旧日劇ビル ▲開館当時1933年(昭和8年) ▼建替直前1981年(昭和56年)
東芝→アマゾン アニメ「サザエさん」のスポンサー
東芝が経営合理化を理由に3月末で降板する国民的アニメ「サザエさん」の新スポンサーに、インターネット通販大手アマゾンジャパンやベビー用品専門店の西松屋チェーン、大和ハウス工業が決まったことが30日、分かった。
日曜日の夜に家族がそろって楽しめる人気番組で、いずれも提供企業に加わることでイメージアップなどの宣伝効果を期待している。
4月からの改編に伴う入札が行われ、10社近くの参加企業から選定された。
東芝は、エアコンやカラーテレビといった家電の普及が進んだ高度経済成長期末期の1969年に、サザエさんの提供を始めた。
事業の軸足がパソコンなどの情報通信分野に移り、98年に1社提供から撤退。
2016年に白物家電事業を中国企業に売却したことなどからスポンサーを続ける意味合いが薄れ、昨年11月に降板を発表した。
サザエさんとチビまる子ちゃん 毎週見てます
お父さんの波平って 54歳なんだよね (;´Д`)
地下鉄でショパン
東京メトロは29日から、日比谷線の一部の車内で、クラシック音楽などを流す試みを始める。
対象は昨年3月から運行を始めた新型車両内。
イベントや車両点検で使うため、高音質のステレオ放送システムが備わっている。
昨年7月、営業運転中に誤って音楽を放送してしまったところ、乗客から好意的な意見が寄せられたことから、今回の試みを企画したという。
ショパンの「ノクターン」などのクラシック3曲と、ストレス解消や疲労回復の効果があるとされる「ヒーリング音楽」3曲を使用。
平日は午前10時半頃~午後1時45分頃、土日祝日は午前11時~午後2時15分の時間帯に、新型車両1編成が中目黒―北千住駅間を2往復するまでかけ続ける。
事故や悪天候でダイヤが乱れた時は放送を中止する。
有安杏果 ももクロ卒業
アイドルグループ「ももいろクローバーZ」の有安杏果(22)がグループを卒業することが分かった。15日、グループの公式サイトと自身のブログで発表した。21日に幕張メッセで行われるライブがラストとなる。
ももクロ卒業の有安杏果は「ありがたい環境でやらせていただきましたが、子役時代から22年間やってきた世界から一度距離を置いて、普通の女の子の生活を送りたいという想いが強くなり、わがままを受け入れてもらいました」と卒業を決断した理由を説明。
今後については「具体的には何も決まってません。逆に何も予定のない日々を人生で一度くらい過ごしてみたいなと思ってます」としている。
全国のヒキコモリからは「何か予定のある日々を人生で一度くらい過ごしてみたい」との反応も出ている。
メンバー、スタッフやファンに感謝し、「みなさんにはどれだけ『ありがとう』と言っても、感謝の想いを伝えきれません。今回の私のわがままに対してはいろんな意見があると思いますが、8年間一緒に歩いてきたみなさんの中に『お疲れ様』と言ってくれる人が一人でもいたら嬉しく思います。8年間、本当にありがとうございました」としている。
ももクロ卒業の有安杏果は2009年7月、「ももいろクローバー」に加入。ダンスと歌唱力を武器に活躍していたが、13年には喉の治療で2カ月声が出せなくなるアクシデントに見舞われ、15年には扁桃腺摘出手術を受けた。昨年3月には芸能活動と学業を両立し、日本大学芸術学部写真学科を4年で卒業。同10月には初のソロアルバム「ココロノオト」をリリースし、日本武道館での単独公演も行った。イメージカラーは緑。
年賀状の秘密
実は2018年の年賀状にはマイクロ文字で物凄く小さなメッセージが隠されている。
ほとんど話題になっていないので未だ多くの人が気づいていないと思われる。
キリンラガービールのラベルを思い出します
こうゆう超微細な技術 日本人は得意ですね (^_^;)
隠しメッセージをまとめてみました
漫画家 内田春菊さん(58)
ストーマ(人工肛門)になって1年半――。
袋などの装具を交換するようになったが、バンドのライブなど、動きのある仕事も以前と同様に行い、生活に制限を感じることはない。
ただ、がんをきっかけにやめたことが二つある。
一つはお酒。
もちろん腸に悪いということもあるが、「それまでの人生、お酒の勢いで、人間関係とか、いろいろとごまかして、結果的に疲弊していたんじゃないかなと思って」。
今は一滴も飲んでいない。
もう一つは恋愛。
3度の結婚経験があり、恋多き女性のイメージがあるが、がんとわかった時に「前の男の人に頼りたいとは、全然思わなかった」。
病気が判明する前に付き合っていた男性とは別れていて、「一人の時で良かった」と思った。
「振り返ると、稼いだお金を使われたり。そうでない人もいたけれど……」
がんになって人生を振り返り、自分に必要でないものが見えてきた感覚がある。
「がんって生活習慣病って言うじゃないですか。私には男の人もリスク因子だったのかも」
今年4月、がん体験を漫画に描き始めた。
「がんまんが~私たちは大病している~」。
ウェブサイト「Renta!」に連載中で来月、ぶんか社から出版される予定。
続編「すとまんが」も企画している。