ミステリー

読書 天武天皇・隠された正体

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天智天皇天武天皇と言えば、額田王(ぬかたのおおきみ)の和歌をめぐる三角関係が有名です

 あかねさす 紫野ゆき 標野ゆき

 野守は見ずや 君が袖ふる

しかし実態は、こんな優雅な世界ではなかった

著者によると、実は二人の天皇は兄弟ではなく、その後の壬申の乱は、九州系と出雲系の権力闘争ということになる

背後で糸を引くのは、鎌足と不比等という、天才的策略家の藤原親子

乙巳の変(大化の改新)の後の天智天皇の異常な低人気、壬申の乱で天武天皇側に続々と援軍が集まったこと、天皇家が出雲大社を異常に尊重すること、などの理由がスッキリ説明できている

壬申の乱で天武系(出雲系)に移った皇位だが、天武の死後、天武の后であったのちの持統天皇によって、再び天智系(九州系)に戻ってしまう理由も、うまく説明している

天皇家の正統性に関わる重いテーマなのだが、推理小説を読むように楽しめる

(^_^;)

 

映画 天空の城ラピュタ

宮崎駿監督による、1986年、スタジオジブリの初制作作品

さすが名作の誉れ高い作品で、水準の高さがゾクゾク伝わってきます

日本のアニメが世界中で絶賛されているのも分かります

それにしても、京都アニメ放火事件、つくづく残念です

(T_T)

 

 

読書 死の国・熊野

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補陀落船(ふだらくせん)って何だろうと思って読み始めた

熊野の海岸から船に乗り、死を覚悟して阿弥陀浄土をめざした補陀落渡海という捨身行

熊野には常にがつきまとう

後白河を始めの院政期の歴代法皇が狂ったように参詣した熊野

やがて下々の民衆まで熊野に押し掛けるようになり「蟻の熊野詣で」と言われるほどに盛況となる

江戸時代になって民衆の行き先は伊勢になり、お祭り化、観光化してゆく

寂れた熊野は、純粋な信仰の場として残っていく

今でも熊野三山など紀伊山地は、修験道など日本の原始信仰を守り続ける聖地となっている

(^_^;)

 

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▲那智参詣曼荼羅 一番下に見えるのが補陀落船

 

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読書 闇の修験道

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日本の多くの山は、山伏による修験道の修行の場となっている

この修験道(しゅげんどう)とは何だろうか?

筆者は古代史関係の多くの本を書いている歴史作家で、本書では、この修験道の謎に挑んでいる

筆者によると、日本には縄文時代から続くアニミズム信仰があったが、仏教の流入に刺激されて、7~8世紀ころに上からの官製神道として、中臣神道が形成されてゆく

天智天皇派の中臣(藤原)鎌足と息子の藤原不比等が宮廷(天皇家)を実質支配し、自分たちに都合良く、歴史(日本書紀)と宗教(中臣神道)をまとめていく

この中臣神道からこぼれおちた、従来からの日本古来の信仰が、修験道になったという

このような経緯から、修験道の勢力は反藤原となり、さらに反権力となったので、時の権力者からは敵視されることが多く、「」と呼ばれるようになる

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はるか後の世の、明治維新による廃仏毀釈の真のターゲットは、仏教ではなく修験道だったと言う

藤原氏の権力奪取によって、これまで天皇家を支えてきた旧勢力は疎外され滅ぼされていくが、その残党は壬申の乱で一時復権し、やがてまた藤原氏が権力を奪い返す

こうして平安時代は、藤原氏と反藤原による権力闘争の場となる

その後の日本史の動乱の中で、修験道の勢力は常に、反権力の立場で歴史に関わってくる

著者は、藤原氏こそ日本史最大の悪党と考えているようだ

(^_^;)

 

 

読書 「おかげまいり」と「ええじゃないか」

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おかげまいり」は、江戸時代に起こった伊勢神宮への集団参詣

数百万人規模のものが、およそ60年周期(「おかげ年」と言う)に3回起こった

ええじゃないか」は、特に最後の回(慶応3年・1867年)で発生した集団乱舞だが、これは明治元年の前年

著者は1912年生まれの京大出身の歴史学者なのだが、ガチガチのマルクス教信者のようで、階級闘争に結びつかないと価値を認めないようなところがあり、本書が刊行された1968年ころの時代精神(70年安保闘争のころ)が伝わって来る

観光旅行など多くの人には夢のような話だった江戸時代に、伊勢神宮めざして数百万人規模で「民族大移動」をしたという事実に驚く

伊勢神宮の近隣はもとより、遠く九州や東北地方からも、みんな歩いて伊勢をめざした

当時の人口(3000万人くらい)を考えると、長距離を歩ける者の3人に1人くらいが、民族大移動に参加したことになる

60年周期とすると、1867年の次は1927年(昭和2年)で、この時は金融恐慌など社会不安は大きかったが、「おかげまいり」は起きなかった

しかし、少し後に満州事変が起きて日中戦争に突入していくが、このころ日本軍は連戦連勝で、大日本帝国の支配地が広がることに熱狂している国民も少なくなかった

その次は1987年(昭和62年)で、バブルの真っただ中、日本中が狂喜乱舞した時代

さらに次は2047年ですけど、それまで生きてるかな~?

(^_^;)

 

▲伊勢神宮

 

映画「ええじゃないか」

 

▲バブルのころのジュリアナ東京

お姉さんたち 今は還暦くらい?  (^_^;)

 

▲最近の伊勢神宮への集団参詣

 

読書 真夜中の裏文化

村上 真夜中の裏文化 最後の夜這奴 _01

夜這いに興味を持った作家と、若い頃に夜這いをしたことのある男の、手紙の交換という体裁で書かれている

冬には雪が3メートルも積もり、零下25度にもなるという山深い村の夜這いの体験が、淡々と述べられる

夜這いにもルールがあり

 結婚が決まった娘には夜這いしない

 まったく初対面の娘には夜這いしない

 娘に断られたらすぐに帰る

などが守られていたそうだ

昭和30年代まで、日本の多くの田舎に残っていた夜這いと言う風習が、特に禁止された訳でもないのに、いつの間にか消えてしまったのはなぜだろう?

(^_^;)

 

訃報 三浦春馬さん

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 もしかしてAさんなのでは?

  とゆーウワサも出てますが

 そんなどうでもいい理由で

  自殺しますかねぇ?  (T_T)

 

俳優の三浦春馬さんが18日、死去した。30歳だった。

三浦春馬さんはこの日正午すぎ、東京・港区の自宅で首をつった状態で発見され、搬送先の病院で死亡が確認された。

三浦春馬さんの自宅からは遺書とみられるものが見つかっており、警視庁は自殺とみて慎重に調べている。

 

▼事件現場

 

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やんちゃユッキーナ

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 元気があっていーじゃん

  なんて思ってしまいますが

 別に被害者でもないのに

  許せない!と考えてる人も多いようです

世間が許さない」なんて言葉

  まだ死語じゃあなかったんだね

 Aさんって誰なんだ?  (^_^;)

 

最後まで“やんちゃ”なままだった。

芸能界引退によって迷宮入りするかに見えた木下優樹菜(32才)の引き際の様子が徐々に明らかになりつつある。

「ユッキーナは、不倫相手だった30代男性ミュージシャンAさん

 に対する強い想いが抑えきれなかったようです」(木下を知る関係者)

フジモンこと藤本敏史(49才)と結婚していた頃に不倫関係になったミュージシャンAさんとは、「タピオカ騒動」を経て、離婚が成立してからも関係がバレないように密かに愛を育んできた。

どうやら木下の所属事務所さえ把握していなかったようだ。

「彼女が描いたシナリオはこうです。

 タピオカ騒動がひと段落したら芸能界に復帰。

 ただし、以前のようにテレビにバンバン出るわけではなく、

 プロデュースするアパレルブランドの経営や、YouTuberとしてやっていく。

 それなりに生計を立てられるようになったらAさんと再婚する。

 ユッキーナは芸能界復帰と再婚を一気に実現しようと考えていたようです」

 (前出・関係者)

ところが、復帰宣言の直後に事態は急転。

週刊誌からAさんとの不倫交際について問い合わせがあると、事務所の知るところとなる。

「寝耳に水な情報に、事務所が事実関係を

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 木下さんに問いただしたところ

 “そうですけど、なにか?” と開き直った。

 さらにAさんとは結婚するつもりだと明かすと、

 事務所側は復帰直後でさすがにそれは無理だ、

 世間が許さない!と諭したそうです」

 (芸能関係者)

そこで木下はプッツン!

「じゃあ芸能界やめます。事務所もやめる!

 もう一般人なんで、結婚させてもらいますから」

というふうにタンカを切ったという。

騒動後も支えていた事務所にしてみれば“裏切られた”という思いだった。

「タピオカ騒動での活動休止でストレスもMAXだったところに、 不倫の発覚。

 ユッキーナの精神も限界だったのでしょう」(前出・関係者)

芸能界復帰と再婚--。木下が描いた青写真はその後、音を立てて崩れていく。

「Aさんとの関係にも亀裂が入ったそうです。

 結婚するには不倫関係が表沙汰にならないことが絶対条件だった。

 一部にはカリスマ的な人気を誇るAさんの今後の活動にも支障が出かねません。

 周囲の説得もあったのでしょう、Aさんの心は離れていったようです」

 (別の芸能関係者)

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献身的に元妻を支えてきたフジモン藤本敏史(→)は

「お金のことはオレがなんとかする。

 子供のことだけを考えてほしい」

と説得するも、無念。

木下の再婚の意思を知って意気消沈していたという。

 

深きょん

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 アラフォーなんだけど

 「老けない女」どころか

 「だんだんキレイになってる女」かも~

 (^_^;)

 

 

読書 日本ユダヤ超文明FILE

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日本ユダヤ同祖論というものがある

日本人とユダヤ人は、先祖が同じであるとする、かなり荒唐無稽な説なのだが、本書にはその「証拠」が山ほど集めてある

ユダヤ民族の歴史に12の支族が登場するが、そのうち10支族は今から2700年前にこつ然と歴史から姿を消し、行方不明になっている

この10支族が東へ東へと何世紀も旅(移住)を続け、ついに日本にたどり着いたというのが日本ユダヤ同祖論の骨子

日本にたどり着いた彼らは秦氏と名乗り、養蚕技術を伝えるなど、大和朝廷に多大な貢献をした

日本の古代史における秦氏の存在は間違いないのだが、問題は秦氏の先祖がユダヤ民族であるかどうか

正統な歴史学者から見れば、一種のトンデモ学説だと思うが、これが意外に面白く、中には信ぴょう性を感じさせるような「証拠」もある

日本では余り注目されていないが、イスラエルでは10支族の末裔探しが国家レベルで進められており、駐日イスラエル大使が必死に「証拠」集めをしたりして、日本との温度差が感じられる

(^_^;)