東京都の多摩北西部にある青梅市の「青梅駅」は、あまり東京の駅名に詳しくない人が「青海駅」と間違えてたどり着くことで知られています。
青海駅は、東京都江東区にあるゆりかもめの駅で、青梅駅は青梅市にあるJR青梅線の駅です。
しかし、間違いでたどり着くだけではなく、目的地として選んでも十分に楽しめるぐらいに、青梅駅周辺はネコ観光できる場所でした。
東京都の多摩北西部にある青梅市の「青梅駅」は、あまり東京の駅名に詳しくない人が「青海駅」と間違えてたどり着くことで知られています。
青海駅は、東京都江東区にあるゆりかもめの駅で、青梅駅は青梅市にあるJR青梅線の駅です。
しかし、間違いでたどり着くだけではなく、目的地として選んでも十分に楽しめるぐらいに、青梅駅周辺はネコ観光できる場所でした。


偉そうに批判するだけの評論家タイプより
現場で泥をかぶって実行して
ちゃんと実績を出した人物を
有権者は信用しますよね (^_^;)
北海道知事選挙は、元夕張市長の鈴木直道氏(38)が初当選。
自民党、公明党、地域政党の新党大地が推薦した元夕張市長の鈴木直道氏が、立憲民主党、国民民主党、共産党、自由党、社民党が推薦した元衆議院議員の石川氏を抑えました。
鈴木直道氏は埼玉県出身。東京都庁に入り、財政破綻した夕張市に応援職員として派遣されたあと、平成23年の夕張市長選挙に当選し、市長を2期務めました。
選挙戦で鈴木氏は「ピンチをチャンスに」をキャッチフレーズにして、夕張市長として財政再建に道筋をつけたとする実績を強調するとともに、道外から投資を呼び込んで地域を活性化させると訴えました。
そして推薦を受けた自民・公明両党の支持層を固めたほか、支持政党を持たない無党派層にも支持を広げ、初めての当選を果たしました。
鈴木氏はインタビューに対し、
「北海道には多くの課題やピンチがあるが、それを活力に変えてチャンスにできると訴えてきた。夕張市は全国唯一の財政再生団体で、人口減少、少子高齢化、財政難の中、地域の再生と財政の再建を両立させてきた。その経験は知事になっても生かせると考えている。人口減少問題に対し、国、北海道、市町村が総力をあげて取り組んでいかなければならないと」
と述べました。
自民党の北海道連の会長を務める吉川農林水産大臣は
「北海道179市町村の皆さんから支援をいただき、お礼を言いたい。鈴木新知事が北海道の新しい1ページを開いてくれると思う。これからもみんなで支えていこう」
と述べました。
自民党の甘利選挙対策委員長は北海道知事選挙について党本部で記者団に対し、
「候補者がよかったことと、そのよい候補者のもと、陣営が一糸乱れぬ結束ができた。そのことが勝利につながった」
と述べました。
北海道知事選挙で石川氏を推薦した立憲民主党の長妻・選挙対策委員長は
「残念ながら、一歩及ばず、惜敗の結果となった。今回の北海道知事選挙を糧として、地域の多様な声とつながり、現場の切実な声に根ざしたボトムアップの政治で、新たな未来をつくる取り組みを進めていく」
野党は何も分かってないですね~
162万対96万は「惜敗」ではなくって
「惨敗」と呼ぶんですよ! (^_^;)
惜敗(せきはい)わずかの差で負けること。
惨敗(ざんぱい)ひどい負け方をすること。
その他の泡沫野党のコメントは省略。
一夜明けた8日、鈴木直道氏は札幌市中央区にある事務所を訪れ、神棚に手を合わせたあと、当選を報じる新聞に目を通しました。
このあと、記者団に対し、7日夜から8日にかけてテレビ番組への出演などで1時間しか寝られなかったことを明かしたうえで
「当選を報じる新聞をみて実感が湧いてきました。『しっかりやるぞ』という燃え上がる思いも出てきて疲れは吹っ飛びました」
と語りました。そして、鈴木氏は
「これからやるべき事、やらなければならない事がたくさんあります。就任後にスタートダッシュできるよう政策づくりや体制構築の準備を進めたい」
と述べました。


早く病気を克服して
またプールで元気な姿を
見たいです (^_^;)
白血病で闘病中の競泳女子の池江璃花子(18=ルネサンス)が8日、日大に入学した。
マネジメント会社が発表した。
この日は都内の日本武道館で日大の入学式が行われた。
池江は欠席したが、スポーツ科学部に入学し、水泳部に入部することが発表された。

池江は2月12日に白血病を公表して、闘病生活に入った。
3月には淑徳巣鴨高を卒業して、日大に入学した。
この日、最終日を迎えた日本選手権は欠場している。
日本選手権の会場である東京辰巳国際水泳場には
「池江璃花子選手へのメッセージコーナー」
として、はがき大の色紙5000枚を用意。
連日、多くの選手、関係者、ファンが池江へのメッセージを書き込んで、会場の壁面いっぱいに掲げられている。
スポーツ庁の鈴木大地長官は
「元気になっているのを待っています」
高校、大学と1学年先輩になる女子バタフライの長谷川涼香は
「戻ってくるの、待っているよ」
800メートルリレーを組む女子自由形の五十嵐千尋は
「辛くなったらリレーメンバー思い出してね」
女子背泳ぎの酒井夏海は
「もっともっと強くなるね。待ってます」
集まったメッセージは、大会後に池江側に届けられる予定だ。

元号が令和に変わっても
いつまでもお健やかでいて
いただきたいです (^_^;)
天皇、皇后両陛下は7日朝、お忍びで皇居外周を散策し、桜の花見を楽しまれた。
両陛下は健康維持のため毎朝皇居内を散策することを日課としているが、皇居の外に足を伸ばされるのは珍しい。
午前7時10分、両陛下は皇居・東御苑の北桔橋(きたはねばし)門に姿を現し、腕を組みながら皇居外周の歩道に出られた。
言葉を交わしながらシダレザクラなどに目を向け、5分ほどで皇居・乾門前にご到着。
足を止めた皇居ランナーや近隣住民に笑顔で手を振り、皇居内に入られた。
犬の散歩をしていた近所に住む医師、畑佐まどかさん(58)は
「優しい笑顔を見られてうれしかった。
ご譲位後はゆっくり過ごしていただきたい」
と話した。


日本国民の7割以上が「令和」に
親しみを感じているそうです (^_^;)
オープンから55周年を迎える六本木アマンド。
2017年6月から透過性の大型LEDビジョンを取り付け、通行人向けに他社や自社の商品などの動画広告を掲示している。
同店が位置する六本木交差点は、月間500万人以上が通る。
動画広告や店内外で企業プロモーションを実施することで、通行人への情報発信や街の活性化に寄与したいとの考えから、大型ビジョンの設置に至った。
今回は、4月1日の新元号の発表に伴い、「令和」の2文字を入れ込んだ画像を、発表当日から流している。
画像は、イラストレーターの夏海さんが手掛けた。
桜をバックに桃色の着物と帽子を着用した女性が令和と書かれた半紙を持っている。
アマンド社長の茂田優さんは
「この度発表された新元号である『令和』を、多くの人により早く親しみを持っていただこうと思い、せんえつながら、人通りの多いアマンドのビジョンに映し出すことにした」
と話す。
「アマンドは昭和の時代より六本木交差点に位置し、トレンドや情報を発信する役割を担ってきた。新しい元号に変わっても変わらぬ発信力を持つことで、引き続き六本木の活性化に寄与したい」
とも。(六本木経済新聞)
約40匹の猫がすみついている小屋から1匹の首にひもをくくりつけ連れ去ったとして、三重県警は1日、同県桑名市多度町戸津、無職鮫島勝利容疑者(54)を窃盗の疑いで逮捕し、発表した。
鮫島勝利は「猫が好きで連れてきた」と容疑を認めているという。
鈴鹿署によると、鮫島勝利は3月16日午後3時ごろ、30代の女性が三重県鈴鹿市内の小屋で世話をする猫を盗んだ疑いがある。
自宅には別の猫が1匹いたが、この猫はおらず、鮫島勝利は「なつかなかったので逃がした」と話しているという。
監視カメラには、鮫島勝利が猫を引きずって連れ去る様子が映っており、動物愛護活動を展開するNPO法人が署に相談していた。

困ったときのネコ頼み!
お客さんが減ってしまったら
おにゃんこ様にすがりましょう (^_^;)
「天空の山城」として人気がある岡山県高梁市の備中松山城で、「猫城主」が入城者をもてなしている。
その名は「さんじゅーろー」。
昨年7月の西日本豪雨後にすみついた。
持ち前の人懐っこさは、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などで話題を呼び、豪雨で落ち込んだ観光客数はV字回復。
文字通り、「招き猫」となり、同市観光協会は「さんじゅーろーで、町全体を盛り上げたい」と意気込んでいる。
白茶の雄猫で、推定3~4歳。
昨年7月21日、管理人の本原亮一さんが城内の三の丸をうろついているのを見つけた。
「やせ細り、捨て猫かと思った」と、数日間様子を見ていたが、餌をやると、観光客と一緒に本丸にも姿を現すようになった。
誰に触られても怒らず、のどを鳴らしながら愛嬌を振りまく姿が評判になり、クチコミやSNSなどで広がった。
同協会は「城のPRに」と備中松山藩出身で新撰組の隊長「谷三十郎」にちなんで「さんじゅーろー」と命名。
新聞やテレビで取り上げられる機会が増えると、10月頃に飼い主が判明した。
城から直線距離で約6キロ離れた同市内の難波恵さん(40)で、7月14日に家から飛び出し、捜していたという。
かわいがり、子どもたちにも懐いていたため、当初は連れて帰るつもりだったが、「生きていてくれて本当にほっとした。居心地がいいのなら」と、家族会議で協会に譲ることになった。
だが、11月に再び失踪。
協会職員が取材に備えて家に連れて帰ったところ、逃げ出した。
チラシを配るなどしたが、見つからず、不安が募った。
19日後に発見され、「もうあんな思いをしないように」と、それからは本丸にある管理事務所内で飼育している。
協会は、昨年12月に正式に「猫城主」に任命した。
1日2回、リードにつながれながら城内を散歩するのが城主としての「お勤め」。
観光客の足元にすり寄ったり、ひざの上にちょこんと座ったりする「おもてなし」が好評だ。
協会によると、豪雨があった昨年7月の来場者は前年と比べて2割程度まで落ち込んだが、今年2月は4000人を超え、前年比1・4倍となった。
3月16日には語呂合わせで「さんじゅーろーの日」と定め、イベントを開催。
全国から集まった観光客らが、この日のために作られた撮影用ボードで記念撮影するなどして、ふれあった。
広島県大竹市から親子で訪れた女性(44)は「人懐っこくておとなしく、ずっと抱っこしていたいと思いました」と話し、小学3年生の娘は「かわいかった。城主としてこれからも頑張ってほしい」と笑顔だった。
協会は公式グッズとしてキーホルダーや絵はがき、無料通話アプリ「LINE」で使えるスタンプを製作しており、相原英夫事務局長は「さんじゅーろーを中心に商品開発やイベント企画など新しいうねりが起こっている。様々な団体と協力しながらよい流れを広げていきたい」と話している。
もう、とろけそうにカワイイ! (^_^;)

▲弥生時代の高床倉庫でネズミからコメを守るネコ

数年前に見学に行ったことがありますが
充実した展示の質と量に圧倒されます
とても一日では見きれませんでした (^_^;)
日本唯一の国立歴史博物館である千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館(歴博)。
先史時代と古代を扱う常設第1展示室が、昭和58年の開館以来初めてリニューアルされた。
同室の対象時代は、日本列島に現生人類が出現した3万7000年前から、日本を国号とする古代国家が成立した7~8世紀までの約3万6000年間に及ぶ。
弥生時代の開始年代が約500年さかのぼるなど、先史時代を中心に開館以降の36年間で大きく進歩した歴史研究の成果を反映させた、大規模かつ意欲的な展示刷新だ。
大幅に変化
「この30数年間、歴博は放射性炭素(C14)年代測定法などで多くの成果を生み出してきた。(展示は)われわれが学んだ40~50年前の教科書で描かれた歴史像から、大きく変わった」
今回の全面リニューアルの背景について、歴博の久留島浩(くるしま・ひろし)館長はそう語る。
考古学分野での自然科学的年代測定技術の発達により、縄文時代や弥生時代の区分や時代像は、36年前と比べて大幅に変化した。
第1展示室は6部構成。最初のコーナー「最終氷期に生きた人々」は、今回のリニューアルで大幅に拡充された旧石器時代(日本列島では約3万7千年前~約1万6千年前)を扱う。
まず出迎えてくれるのは、ナウマンゾウの実物大模型を中心に約4万年前の南関東の風景を再現したジオラマ。寒冷な気候を反映した針葉樹が目立つ植生は、現代の南関東とはだいぶ異なる。

最終氷期の「現代人」
次に目に入るのは、革なめしの作業を行う日本列島の最初期の住人たちの模型だ。そのかたわらには、製革作業に使われた石器が並んでいる。毛皮を丁寧に加工した衣服をまとったその姿は、現代の極地に生きる民族とよく似ている。
「旧石器時代人というとかつては野蛮で原始的なイメージを持たれていたが、実際はわれわれと変わらない現代人(ホモ・サピエンス)。当然、寒冷な環境に適応するための道具を工夫して作っていた」
そう説明するのは、コーナーを担当した同館の工藤雄一郎准教授。
1990年代まで、縄文時代の開始は気候が現代と同程度に温暖な後氷期に移行した約1万1千年前とされてきた。だが、最近の研究進展により、実は最終氷期まっただ中の約1万6千年前に土器が出現したことが明らかになり、従来の縄文時代の枠組みが問い直される状況になっている。
旧石器時代後期と縄文時代草創期は生活環境面では共通するものが多く、画然と区分できるものではないことが、この2つを「最終氷期人」として同一空間で扱うことで示されている。

繰り上がった弥生時代
時代はある境で急激に変化するものではないので、移行期も重視しなければならない。
時代ごとの変化や特徴を強く打ち出していた旧展示の反省の上に立つ、そうしたメッセージは、近年特に大きな研究進展があった弥生時代に関しても示されている。
一般に水田稲作の開始をもって弥生時代の始まりとされる。
その時期は従来、紀元前5世紀ごろとされてきたが、今世紀に入ってからの歴博の研究によって紀元前10世紀に九州北部で水田稲作が始まっていたことが明らかになり、弥生時代の開始を約500年繰り上げる説が定着しつつある。
コーナーを担当した藤尾慎一郎教授は、「繰り上げの結果、稲作を中心にする人と、縄文的な文化で暮らしていく人が併存する段階が約600年にわたり日本列島に併存したことになる。そこをどう表現するかが一番難しかった」と明かす。
展示では、朝鮮半島から九州に伝わった水田稲作が農耕社会を成立させ、西日本から東日本へと拡散していく様子が地域差に留意しつつ描かれている。
“大発見”も反映

弥生時代をめぐってはもう一つ、近年の目覚ましい“大発見”も反映されている。
穀物を保管する高床倉庫の再現模型の入り口に陣取るのは、かわいらしい2匹のネコ。
従来、イエネコは経典などの重要書物をネズミの害から守るため、奈良~平安時代に渡来したとされてきた。
ところが近年、長崎県壱岐市の遺跡から弥生時代中期頃のイエネコと推定される骨が出土。
日本へのネコの移入時期が一気に数百年さかのぼることになった。
「穀物は相当、ネズミの害があるもの。ネコがいてもおかしくない」(藤尾教授)
全体的に重視されているのは、再現模型などを多用した「可視化」だ。
たとえば銅矛や銅鐸、鉄剣などの金属器は、緑青やさびにおおわれた実物とともに、新造時を再現した複製品も展示。
金属製品の複雑な造形やまばゆい輝きが、石器や木製品ばかりの世界で生きてきた人々にどのような印象を与えたかを追体験させてくれる。
現段階の先史・古代史研究の先端が詰まった、充実の展示だ。
国立歴史民俗博物館(歴博)
一般600円。月曜休館。
問い合わせは、ハローダイヤル03・5777・8600