ネコ仙人

unnamed

9d3ac2ba

 

 ネコをなでてあげると

  ゴロゴロいって、とてもカワイイです

 メンタルにも良いみたいで

  血圧も下がるんだとか

 (^_^;)

 

4ecaacabe54b3b4a2ece57e831263084_t

以下のようなコメントが相次いで寄せられた、まるで「人間みたいな顔の猫」の写真がツイッターで大きな注目を集めています。

仙人に見えてきました」

「おじぃ、おばぁちゃん……?」

「どこかしら、うちの夫に似ている……」

飼い主さんに両手で顔をなでられ、とろけるような表情を見せるてとくん。

嫌がるそぶりも全く見せず、身を任せている様子を見ていると、なんだかこちらまで幸せな気持ちになってきます。

「朝なでり」というつぶやきと共に投稿された4枚の写真。

35260925

どの写真もかわいいのですが、特に4枚目の手を離された際の写真が仙人のような、おじいさんのような、味わい深い表情をしています。

この「なでり」とは、飼い主さんがてとくんの顔の両側を両手で押し出すようになでることを指し、今回以外にもたびたび飼い主さんによる「なでり」の様子がツイッターに投稿されています。

pet_natsukareru_cat_woman

飼い主さんが帰宅した時や朝起きた時など、甘えん坊モードになっているてとくんをお腹の上に抱っこして行っており、うれしい時や気持ちいい時はゴロゴロ喉を鳴らして、じっと「なでり」されているのだとか。

このとろけるような表情を見れば納得です。

てとくんは現在7歳になりますが、この「なでり」は飼い主さん宅に迎えられてすぐの頃からずっと行ってきているのだとか。

今や当たり前のスキンシップであると思いますが、飼い主さんを信頼しきっている証とも言えるでしょう。

てとくんが気持ちよさそうにしているのはもちろんのこと、飼い主さん自身もこの「なでり」をすることにより、毎回てとくんの表情に癒やされて、笑ってしまうそうです。

 

大阪芸術大学のお城校舎

35260922

5652152895d957f004850915e648c450

 

 ミッキーマウスとか出てきそう

  新しい藝術分野には

 新しい入れ物がふさわしいですね

  (^_^;)

 

35260923大阪芸術大学(大阪府河南町)が11/18、新校舎の竣工式を開催。

古城のような校舎の全貌が明らかになった。

大阪芸術大学は、庵野秀明(→)ら著名クリエイターの母校として知られる

漫画・アニメ・ゲーム・フィギュアアーツの4コースから成る

「キャラクター造形学科」

向けに建設された同校舎。

epo7738925159

ドイツの

ノイシュバンシュタイン城」(→)

にインスピレーションを受けたといい、まるでシンデレラ城のような見た目は、

「日常からインスピレーションを得られるように」

という思いが込められているそう。

内部は中央部分を吹き抜けにした4階建てで、各階には大小さまざまな教室とロッカールーム、手洗い場などを完備。

入ってすぐには開放感あるエントランスが広がり、今後はプロジェクションマッピングなどさまざまなイベントをおこなわれる予定だという。

unnamed

漫画家・里中満智子学科長(→)は、「大学にお城」というイレギュラーな景色について、

「学生たちの常識を破っていく訓練になったらうれしいです」

「非現実的な空間で、どんどん刺激を受けて欲しい」

と意気込みを話した。

また、同校舎はそのインパクト大な外観で、9月頃にSNSで話題沸騰に。

「ここだけ別世界すぎる」

o0480064012941869797

ラスボスの城(→)じゃん」

「結婚式場?」

などツイッターが大喜利状態となっていたことについて尋ねると、

「どんどん写真をアップしてほしいです!

 こんなのが大学にあるんだよ・・・って、

 話題になったらいいなと思います」

と寛大な対応を見せた。

 

訃報 江上泰山

20211121-00050085-yom-000-2-view

放火されて炎上する金閣寺

internet_enjou_sns_man

 

 

ネット界では「炎上」が日常茶飯事ですが

 戦後すぐの世間を騒がせたのが金閣寺炎上事件

三島由紀夫や水上勉など、文学ネタにもなりました

 いま我々が金ピカの金閣寺(再建)を見れるのは

この事件があったからかもしれません

 (^_^;)

 

img_3352bf1aca379fca3a31ca7b94a49acb93021江上泰山(えがみ・たいざん、→)氏が11/19、誤嚥(ごえん)性肺炎のため死去した。

85歳。

金閣寺元執事長で、臨済宗相国寺派宗務総長を務めた。

1949年に中学2年で金閣寺(鹿苑寺)に入る。

翌年、兄弟子の放火で炎上した金閣(舎利殿)を目撃した。

葬儀は11/24午前10時、京都市北区等持院北町61真如寺。

喪主は長男で真如寺住職の正道(しょうどう)氏。

 

 

ほぼ皆既月食 140年ぶり

74439_01

f6c1250b139ab6eadb8b41842cbe48793a0bc95d

 

月食のこと、まったく知らなくて

 旅先で駅前を歩いていたら

みんなが空を見上げていて

 尋ねたら月食だった

(^_^;)

 

camera_satsuei_sankyaku_man

荘厳な雰囲気の岐阜城

撮影者の別所さんによると、

「岐阜城と月食のコラボが凄すぎた!」

「あ、合成じゃないよ!ワンショット!」

とのことで、岐阜城から離れた場所で、超望遠レンズで撮影することで、このような迫力ある1枚が撮影できるそうです。

140年ぶりとなる天体ショーにふさわしい、見事な1枚に、絶賛の声が寄せられています。

・すごい!感動的!

・自分が住んでいる地域からは、真っ暗な状態の月しか見ることができなかったので、嬉しい。

・当日は月が雲で見えなかったから、ありがたい!

なお、2022年11月には皆既月食が、2023年10月には部分月食が見られる。

 

宝塚劇場

IMG_20211119_155009

 

今日は宝塚劇場を見学しました

私が注目している潤花さんは、来年のカレンダーの表紙です

\(^o^)/

 

IMG_20211119_162432

 

▼ステージが終わって、ぞろぞろ帰る人たち

IMG_20211119_161938

 

▼宝塚音楽学校(TMS)の建物

IMG_20211119_163852

 

三千院の庭

IMG_20211118_150352

洛北大原の三千院に来ています

中学校の修学旅行以来です(ウン十年ぶり)

紅葉もさることながら、庭がスゴい!

この空間感覚は、写真や動画では伝わらない

この場に身を置くしか味わえない

作庭を芸術にまで高めた先人に感動します

これに比べたら、西洋庭園なんて・・・

(^_^)

 

東山散策

IMG_20211117_111102

今日も良い天気で、東山をプラプラ散策です

清水寺、高台寺、八坂神社、知恩院など、すでに何度も歩いた道ですが、やはり紅葉シーズンは別格

(^_^)

永観堂


IMG_20211116_201015
IMG_20211116_192746_1
IMG_20211116_194303
岡山から京都へ戻り、東山の永観堂で紅葉のライトアップを鑑賞しました

またしても、息を飲むような美しさ!

夜の紅葉の美しさは、写真に捉えきれないのが残念です

京都で一番の紅葉ライトアップを調べたら、永観堂だったのですが、評判に違わぬ美しさでした

メチャ混んでいるかと思ったら、意外に空いてましたよ

(^_^)

 

保津峡の紅葉

0177

kouyou_engawa_woman

 

秋の紅葉を楽しもうと思って

 京都を中心に、西日本を旅しています

上の写真は、嵯峨嵐山の近く、保津峡の紅葉です

息を飲む様な美しい紅葉が広がっているのですが、

観ているのは私一人で、貸し切り状態

申し訳ないような気分です

(^o^;)

 

訃報 瀬戸内寂聴

3258119100c8365288231997ddac41de_01

omatsuri_awaodori

 

「号外なんて大げさな!」なんて言うなかれ

 出身地の阿波徳島では「郷土の偉人」です

ご自身も「寂聴連」をつくって踊ってました

好きなことをやり尽くした人生!」のように見えて

はたから見てると、まことにうらやましい大往生

 本当の心の中は、本人以外には分かりませんけど

(^_^;)

 

jakutyouren

▲阿波踊りに参加した寂聴連

 

1967”N‚RŒŽAŒÃŠó’a¶j‰ê‰ï‚̍¡“ŒŒõ‘å‘m³i’†‰›jB‰E‚͐£ŒË“à°”ü‚³‚ñ=‘åã•{”ª”öŽs

▲寂聴さんの出家得度には、作家の今東光氏が深く関わっている

 

EAY9FewU8AAlBTL

私が17~18歳の青春時代には、街のいい男はみんな戦争に取られて、年頃の女を相手する男はいなかったんですよ。

それを「トラック1杯の女に男が1人」というふうに言ってね。

女が留守を守っていたんだから、男を頼りにする未来なんていうのを考えもしませんでしたね。

男がいないんだから、男の留守にお嫁さんが舅と仲良くなったり、いまで言う女性の不倫みたいなことも、たくさんあったんですよ。

それをみんながけしからんなんて責め立てたけど、いま考えたら、無理もないことですよね。

彼らのせいではなく、戦争している国家が悪いのよね。

1957年に『花芯』を発表した時は、「子宮作家」と呼ばれて、随分叩かれましたけどね。

平気でしたよ。問題にしなかった。

ひどいことをいろいろ言われたり、されたり、そんなのをいちいち相手にしてたら、書くことなんてできませんから。

slump_good_write_woman

いまとなっては、もう昔々のことでね。

よくまぁ、がんばってきたなと思いますけど。

ここ最近になって作品が受け入れられるようになったというのは、私の考え方が世の中より少し進んでいたのよね。

周りがついてこられなかったんですよ。

かつては男女間のタブーがあっても、それに目をつぶって綺麗ごとを書くのがよしとされていたでしょう?

当時は、社会を変えたいとか、そんな大層なことは考えていなかった。

私はただ、ありのまま、本当のことを書いただけだったのね。

道に外れたことをする男や女は、やっつけられるんです。