アミーラの妹 公開

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 4月に生まれて次が7月

  出産ペースが速いですね

 年に4回生むつもり?

  (^_^;)

 

「スナネコ」の赤ちゃんが、新たに3匹誕生し、このうち1匹が今月12日から一般公開されることになりました。

アミーラの妹たち3匹のうち、1匹が衰弱していたため、動物園では人工保育に切り替えて世話をしていました。

生まれた時のおよそ5倍の370グラムまで育ったことから、今月12日から一般に公開します。

那須どうぶつ王国の櫻井大城飼育員は

「再び妊娠したと聞いた時は大変驚きましたが、

 うれしさとともに責任を感じました。

 元気いっぱいの赤ちゃんを多くの人に見てもらいたい」

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と話していました。

一方、一緒に生まれた残りの2匹は母親ジャミールが育てていて、順調に成長しているということで、動物園は今後、公開の時期を検討するとしています。

 

読書 「おかげまいり」と「ええじゃないか」

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おかげまいり」は、江戸時代に起こった伊勢神宮への集団参詣

数百万人規模のものが、およそ60年周期(「おかげ年」と言う)に3回起こった

ええじゃないか」は、特に最後の回(慶応3年・1867年)で発生した集団乱舞だが、これは明治元年の前年

著者は1912年生まれの京大出身の歴史学者なのだが、ガチガチのマルクス教信者のようで、階級闘争に結びつかないと価値を認めないようなところがあり、本書が刊行された1968年ころの時代精神(70年安保闘争のころ)が伝わって来る

観光旅行など多くの人には夢のような話だった江戸時代に、伊勢神宮めざして数百万人規模で「民族大移動」をしたという事実に驚く

伊勢神宮の近隣はもとより、遠く九州や東北地方からも、みんな歩いて伊勢をめざした

当時の人口(3000万人くらい)を考えると、長距離を歩ける者の3人に1人くらいが、民族大移動に参加したことになる

60年周期とすると、1867年の次は1927年(昭和2年)で、この時は金融恐慌など社会不安は大きかったが、「おかげまいり」は起きなかった

しかし、少し後に満州事変が起きて日中戦争に突入していくが、このころ日本軍は連戦連勝で、大日本帝国の支配地が広がることに熱狂している国民も少なくなかった

その次は1987年(昭和62年)で、バブルの真っただ中、日本中が狂喜乱舞した時代

さらに次は2047年ですけど、それまで生きてるかな~?

(^_^;)

 

▲伊勢神宮

 

映画「ええじゃないか」

 

▲バブルのころのジュリアナ東京

お姉さんたち 今は還暦くらい?  (^_^;)

 

▲最近の伊勢神宮への集団参詣

 

読書 真夜中の裏文化

村上 真夜中の裏文化 最後の夜這奴 _01

夜這いに興味を持った作家と、若い頃に夜這いをしたことのある男の、手紙の交換という体裁で書かれている

冬には雪が3メートルも積もり、零下25度にもなるという山深い村の夜這いの体験が、淡々と述べられる

夜這いにもルールがあり

 結婚が決まった娘には夜這いしない

 まったく初対面の娘には夜這いしない

 娘に断られたらすぐに帰る

などが守られていたそうだ

昭和30年代まで、日本の多くの田舎に残っていた夜這いと言う風習が、特に禁止された訳でもないのに、いつの間にか消えてしまったのはなぜだろう?

(^_^;)

 

アミーラの妹たち誕生

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 ネコは年に2~3回

  子ネコを生みます

 (^_^;)

 

栃木県那須町大島の那須どうぶつ王国で「砂漠の天使」と呼ばれる世界最小級の野生ネコ「スナネコ」の雌3匹が誕生し、健やかに育っている。

雄のシャリフ、雌のジャミールが両親。

母親は4月末に雌のアミーラを産んだ後、今回生まれた3匹を妊娠し、7月9日の早朝に出産した。

2匹は母親が巣箱で育て、1匹は出産直後に低体温で衰弱したため人工保育に切り替えた。

現在の3匹の体長は約19センチ、体重は誕生時の3.5~5倍の約350グラムとなった。

今月12日からは人工保育で育った1匹を一般公開する。

名前は、アミーラの名前を公募した際に集まった候補から選ぶ。

飼育員の荒川友紀(あらかわゆき)さん(28)は

「鼻筋が通ったキリッとした表情と気の強さが魅力。

 人気者になってほしい」

と話した。

他の2匹は巣箱から出るようになってから公開を検討する。

 

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 生まれて2か月半が過ぎました

  もう赤ちゃんと言うより

 小学生くらいかな?  (^_^;)

 

札幌のレッサーパンダ

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 いまや動物界において

  カワイイと言えばスナネコ!

 に決まりなんですけど

  レッサーパンダもカワイイ!  (^_^;)

 

訃報 ピート・ハミル

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映画「幸福の黄色いハンカチ」の原作者として知られるアメリカの小説家、ピート・ハミルさん(→)が、5日、亡くなりました。

85歳でした。

ピート・ハミルさんは、1935年、ニューヨーク市の南部、ブルックリンで生まれ、地元紙の記者や編集者をへて、1968年、作家として初めての小説を出版しました。

ニューヨークを舞台にした作品をはじめ、数多くの長編や短編小説を執筆し、ごく普通の人たちが織りなす日常や心情に光りをあてた「ニューヨーク・スケッチブック」などで人気を博しました。

また、山田洋次監督の映画、「幸福の黄色いハンカチ」の原作者としても知られています。

ハミルさんの弟、デニス・ハミルさんはアメリカ、ABCテレビに対し、ハミルさんが5日、腎不全などのため亡くなったことを明らかにしました。

訃報を受けて、ニューヨーク州のクオモ知事は、ツイッターに

「ハミルさんは、卓越したジャーナリストや作家というだけではなく、ニューヨークの代弁者でした。かけがえのないニューヨーカーに別れを告げるときが来ましたが、彼の遺産と仕事は生き続けます」

と投稿しました。

 

猫っぽいカワウソ

3歳のコツメカワウソ「さくら」ちゃんと生後3カ月の子猫「もち」くんが、羽のついた猫じゃらしで飼い主さんと遊んでいます。
特にもちくんは前足を伸ばし積極的。
羽の部分を狙いに行きます。
猫じゃらしがさくらちゃんの方へ近づくと、勢い余ってさくらちゃんの顔へ前足を伸ばしてしまうもちくん。
飼い主さんに「もち、違う!」と指摘されてしまいました。

 

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読書 日本中世の民衆像

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前半で平民、後半で職人を扱っている

本書で言う平民とは、その大部分が農民で、土地に縛り付けられ、年貢を納める義務を持つ

年貢と言うと米俵をイメージするが、それ以外に広範な内容を包含していた

本書で言う職人とは、平民(農民)以外のほとんどあらゆる職業の者を意味し、手工業者だけでなく、商人、漁師、狩人、芸人、娼婦、医者、呪術師なども含む

職人の最大の特徴は、土地に縛られずに諸国を移動でき、年貢を負担しないこと

職人集団はその特権維持のために、天皇や公家、寺社など権門との関係を表す「由緒書」を所持していた

職人の中のある者は、時代が下ると被差別集団になるのだが、ここに社会の最上部(天皇)と底辺(非人など)のつながりが不思議な形で残ることになる

先に読んだ同じ著者の『無縁・公界・楽』とかなり重複している

筆者は共産党員で、学界主流から外れていたので、天皇制や既存学会をやや敵視している

(^_^;)

猫っかわいがり

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「猫っかわいがり」

  という言葉があるくらい

 ママ猫は子猫を

  非常にカワイがります  (^_^;)

 

埼玉県に住む後藤さんは、4匹の保護猫を飼っている。

後藤さんの妹も2匹の猫を飼う猫好き兄妹だ。

後藤さんがロンドちゃんという4匹目の猫を迎えた頃、後藤さんの妹は、ある猫の保護団体の手伝いをするようになっていた。

団体のホームページを作ったり、問い合わせの対応をしたりしていたという。

猫を保護してくださいという依頼もあれば、TNRの相談もあった。

2019年4月10日、後藤さんの家の近くのアパートの住人から団体に相談メールが届いた。

「家の外に何匹かの猫が来ているのを知っていたが、うるさく鳴いていることがあった。気になって窓を開けたら、1匹の猫が部屋の中に入ってきて産気づいた。どうしたらいいのでしょうか」

という問い合わせだった。

後藤さんの家からアパートまで50mくらい。

後藤さんは翌日、様子を見に行った。

無事出産していたが、アパートなので室内で飼うことはできず、相談者は屋外に簡易的な小屋を作って保護していた。

中には子猫が4匹いた。

「3週間くらいそのまま様子を見てもらっていたのですが、管理会社から連絡があり『どうにかできないか』と相談されたんです。私も4匹猫を飼っていたので、すぐに家の中に入れることはできず、雨風をしのげるウッドデッキにケージを置いて保護しました。検便やウイルス検査、駆虫が済んでからケージごと家の中に入れました」(後藤さん)

子猫たちの里親は、団体と手分けして探した。

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全員里親が決まったが、1匹は残念ながら戻ってくることになった。

「トライアル先のご家庭には2歳のお子さんがいたんですが、子猫が来てから猫アレルギーを発症したんです。結構症状がひどいと聞いたので、すぐに引き取りました。猫を返してもらいに行くと、奥さんは泣いていました。その時、お子さんは寝ていたのですが、後になって『にゃんにゃんは?』と言って猫を探していたそうです」

後藤さんの母が、

「またこの子の里親を探して、譲渡して、また何かあって返されたら嫌だな」

と言ったので、子猫は後藤さんが飼うことにした。

5匹目の猫はレントくんと名付けた。

後藤さんは、3匹目の猫ルカちゃんを迎えた時に、これ以上猫は飼わないと決めていたのが、4匹目にロンドちゃんを迎え、今回、図らずも5匹目を迎えることになった。

これで終わりかと思ったがそうはいかなかった。

レントくんの母猫の里親は、

「実家の母の体調が悪くなり、一時的に入院することになった」

と連絡してきてから連絡が取りづらくなった。

心配した後藤さんの母が、

「無責任な人だわ。嫌だから、うちで飼おう」

と言いだし、後藤さんは6匹目の猫を迎えることになった。

名前はライムちゃんにした。

「ロンドもレントもライムも、猫を飼おうと思っていたわけではなく、まったく予定外のことでした」

ライムちゃんを迎えた頃、保護団体にへその緒がついている幼齢の子猫が保護された。

ライムちゃんはまだ母乳が出ていたので、10日ほど母猫の代わりに母乳を与えた。

理由は分からないが、ライムちゃんは誰の子であろうと分け隔てしない母性のある猫だった。

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